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第56話
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何度目か覚えていないほどに繰り返し発信してきたスマートフォンを握り締め、櫻井は怒りに充ちた表情で液晶画面を睨みつけた。相変わらず、優弦にはこちらからのコール音が延々と響くだけだったが、今、画面に表示されている電話番号の相手は櫻井の発信に応えたのだ。
「それで、そのジェイクっちゅう男が優弦を拉致しとるんか」
前を走る車を右へ左へと華麗に交わしながら、運転手の川本が大きな声で問いかける。拉致している、とは彼特有の大袈裟な表現なのだろうが、昨日、ジェイクと優弦が対面してから感じていた不快な予感が、櫻井にはその言葉もしっくりしてしまい気が逸った。
「見えたで、あれじゃ。ホテルの地下駐車場に入れるけえな」
そびえ立つ高級リゾートホテルの敷地内に乗り込む。かなりの勢いで地下駐車場への坂道を下るタクシーの中で、櫻井は先ほどのジェイクとの通話を思い出す。
ジェイクはもう東京に着いたと言い、緊急の案件も騒ぐほどのことではなかったと朗らかに言っていた。
『ただ、早くイギリスに帰らなくてはならないんだ。あの件はまた今度。君には最大限の優遇を考えているから、前向きな返答を期待している』
やけに上機嫌なジェイクの様子になぜか不信感を抱いた。そう言えば、昨夜のジェイクは執拗に櫻井と優弦の話を聞いてきた。
ますます、胸に湧いた疑念が拡がっていく。そのときだった。
「見つけた。あそこに優弦の車が停まっとる」
さくらタクシーと社名の入った黒い車が地下からのホテル入り口付近に駐車されている。生憎、両隣の駐車スペースは空いていなかったため、比較的近くの空きスペースに川本は自分の車を停めた。
「川本さんも一緒に来てもらえますか」
櫻井が言うよりも早く川本はシートベルトと制帽を外していた。
地下のホテル入り口から階段を使って一階へと上がる。フロントに立ち寄り、ジェイクが宿泊をしているかを尋ね、彼に取り次いでもらおうと段取りを考えながら広いロビーを歩いていたとき、後ろをついてきていた川本が、
「あっ。櫻井さん、あいつじゃ。優弦が乗せた客」
ロビーに設置された豪奢なソファにひとりの男が座り、どこかに電話をかけていた。そして櫻井はその男の横顔に見覚えがあった。
心持ち足音を殺し、男に近寄る。男は櫻井たちが近寄ってくることに気がついていないのか、電話の相手になにやら命令口調で指示をしている。
「そうだ、明日の朝一番で何名か広島に来てくれ。東京では一週間ほどホテルの部屋を確保しろ。騒がれてもいいようになるべく人員が配置できる部屋だ」
物騒な内容が川本の耳にも届いたのだろう。小さく、うえっ、と呟く川本を振り返り、人差し指を立てて静かにするようにサインを出した。
「それからロンドン行きのチケットを。こちらの工作は任せる。月見里優弦《やまなしゆづる》の現在の職場には、彼が退職する旨を適当に理由をつけて……」
そこまで聞いた櫻井は男の目前に歩み出た。いきなり影を落とされ、スマートフォンを耳に当てたまま顔を上げた男は驚きの表情を見せつつも、「……一旦切る。あとからまた連絡する」と、通話の終わったスマートフォンを胸ポケットへと仕舞い込んだ。
「……赤城 さん。あなたがここにいるということは、ジェイクは東京に戻らなかったんですね」
「櫻井さん、こん人 を知っとるんか?」
横から口を挟んだ川本を右手を上げて櫻井は制した。意図を読んだ川本はそこから黙って成り行きを見守る。
「おれが広島駅でジェイクを見送ったあと、彼は岡山辺りで引き返したんでしょう。そしてあなたはジェイクに呼び出されてここに来た。シマノの常務取締役がこの大変な時期にわざわざこんなところにいるのは、親会社の社長直々の呼び出しだったからじゃないですか?」
「お見通しか。さすが、ハワード社長が君を推すだけのことはあるな」
「一体、どういうことだ? なぜ、ジェイクは優弦を知っている? 赤城さん、どうしてあなたは優弦をここに誘い込んだんだ」
櫻井の詰問に赤城は少し目を見開いた。その場の空気を氷結させる櫻井の質問に意外だと言う顔をしている。そして、
「月見里からなにも聴いていないのか。彼と君は付き合っているのに」
櫻井の後ろから素っ頓狂な川本の声が響いた。櫻井はそれを気にも止めず、
「優弦はどこにいる?」
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