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第57話

 赤城は迫る櫻井を見上げたままで、動こうとはしなかった。その様子に櫻井は苛ついて大きく息をつく。しかし、赤城は櫻井に視線を向けたまま、 「君が今さら助けに行ったところでどうにもならない。あの二人は……、理不尽に引き裂かれた恋人同士だからな」  ウソッ、と川本が短く驚いている。それは櫻井も同じだ。優弦とジェイクが恋人同士。もしや、ジェイクが忘れられなかった人とは優弦のことだったのか。  ぐっ、と櫻井は拳を握りしめると、 「東京にいた頃の優弦はシマノの社員だったのか。それで当時、シマノの社長だったジェイクと出逢って恋に落ちたというわけだ」 「そうだ。ただし、その出逢いは仕組まれたものだ。くだらない権力争いの中で二人は、特に月見里は酷く傷ついてしまった」  含みを持たせた赤城の台詞が気になる。しかし、早く優弦の元へと向かいたい。その櫻井の葛藤がわかったのか、 「彼には今、薬で眠ってもらっている。そんなことなどしなくても、彼ならば社長の話をちゃんと聞いてくれると言ったのだが……。ハワード社長はずいぶんと周囲に対し疑心暗鬼になってしまった。それは我々の責任でもある」 「なんだって。よくもそんな真似を」 「意識のない月見里を社長が傷つけることはない。彼は紳士だ。それに生まれながらのノーブルだからね」 「ああ。だが、自分の意に沿わない者は力ずくでも従わせる傲慢さも持ち合わせてはいるがな。……ようは、そう焦らなくても優弦は無事だから、あなたの話を聞いていけと?」  櫻井の言葉に赤城は薄く笑った。 「当時のシマノはBSSHへの身売りを画策する会長派と、アメリカのサーバル社に肩入れする社長派に分かれて熾烈な諜報戦を繰り広げていた。会長はこの件が終われば高齢と業績不振の責任を取って引退される。かたや社長派はサーバルの資金で会社を牛耳ろうと目論んでいた。実際に彼らはその頃からサーバルと表に出せない取引もしていたようだ」  早く優弦のいる部屋の番号を聞き出したいが、赤城の話を櫻井は聞く。 「結局、シマノはBSSHの傘下になることが決まり、アジア地域の統括を任されていたジェイク・ハワードがシマノの社長として就任した。シマノはそれまで外国人役員など受け入れたことはなかったからね。彼と我々日本人スタッフとの通訳として抜擢されたのが、まだ入社二年目でまったく畑違いのシステム部にいた月見里だった」 「どうして優弦を? 通訳なら新たに雇えばいい」 「彼を選んだのは旧勢力となった社長派だ。システム部は彼らの影響力が強くてね。当時、社員で英語もできてすぐに異動が可能だったのは月見里だった、と言うのが表向きの理由だ。月見里にも正式の通訳が見つかるまでと言ってハワード氏につけたのだが……。旧社長派の思惑は別にあった」  赤城は眼鏡を外し軽く目頭を押さえると、また話を続けた。 「旧社長派の諜報力はなかなかに長けていた。彼らはハワード氏の性的志向を把握していてね。彼がバイセクシャルで、どちらかというと男性のほうを好むことを掴んでいた。一方その頃、システム部では月見里に関するセクハラの噂もあがっていた」 「セクハラ? 優弦がしたんか?」  黙っていられなくなった川本が口を挟んだ。 「いや、逆だ。男性社員に彼は迫られていたんだ。それもひとりや二人じゃなく、システム部の中では月見里を巡って険悪な事態も起こったそうだ。それで月見里が同性愛者だと噂が立ち、旧社長派の耳に入った」 「……ちょお待てぇ。それは優弦が男からセクハラされとったっちゅうこと? 優弦は男好きされるタイプで、その外人社長も男が好きそうだから、優弦をそいつに宛がった、ってことか?」  川本は自分で整理しながらも混乱している。

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