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第60話

 イギリスに戻ったジェイクはBSSHでの一切の権限を剥奪された。それどころか、婚約者だという女性に引き合わされた。 「父は認めたくなかったんだ。ハワード家の跡取りが男を好むなんてね」  わけもわからず、失意のうちにジェイクは周囲の奨める結婚をした。彼女との結婚でハワード家の資産はさらに増え、しばらくして父の怒りも退いたのか、気がつけばジェイクの地位も復権していた。  落ち着きを取り戻したかに見えてもジェイクの心は空っぽだった。政略結婚の妻とは上手く行くわけもなく、優弦に対する複雑な感情が胸を苛んだ。  裏切られた事実と恋い焦がれる想いと……。  優弦に会って真相をたしかめたい。だが、父の怒りが消えたとはいえ、ジェイクには常に監視の目があった。日本への渡航を許されるわけもなく、虚しさを埋める為に周囲が心配するほどに仕事に打ち込んだ。  その後、絶対権力者で一族の長であった父が病に倒れ一線を退くと、ジェイクが跡を継いだ。自分の意思で自由に動けるようになったジェイクは、優弦に会うためにすぐに日本へと向かった。だが、その頃にはもうシマノはサーバルのものとなっていて、優弦の行方もわからなくなっていた。 「しばらくしてアカギから引退したシマノの前会長を通じて連絡があった。そこで私は今のシマノの現状と、優弦が私が帰るのを待っていたことを知らされた。しかし、私はアカギの話を信用できなかった。その頃の私は……、孤独だったんだ。愛していた者に裏切られたという思いが私を苛んだ。優弦を恨みながら愛し続ける。相反する想いにこの身が引き裂かれそうだった。私は真実を知りたいと願った。だから今、ここにいるんだ」  疲れたように一つため息をつくとジェイクは前髪に指を差し込んで額に手を添え、薄く優弦に笑いかけた。その笑顔は昔によく見た懐かしい微笑み。でも、どこか悲哀が籠っていて優弦は胸が締めつけられる。 「昨日、空港でおまえに再会したときは運命だと神に感謝した。同時に今はおまえがマサキの恋人だということに神を呪った。おまえを見つけて嬉しかったのに、やはり騙されていたのかと嫉妬に狂ってしまって……。すまない、優弦。おまえを私は……」  初めて見る泣き出しそうなジェイクの表情に優弦は動揺した。でも、これだけは聞いておきたい。彼の口から真実を聞きたい。 「ジェイク、教えてほしい。おれはあなたに捨てられたの? そして、あの人たちを満足させろってあなたが命じたんじゃないの?」  ジェイクは大きく頭を振ると、 「私がおまえを手放すものかっ! それになにを命じたと言うんだ」 (ああ。どうしてそんな……)  櫻井の腕の中にいた優弦が大きく震え始めた。虚ろに目を見開き、カチカチと歯が合わさる音までする。また呼吸が粗くなっている。ジェイクも優弦の異変に気づき、固唾を飲んだ。 「優弦、落ち着くんだ。これ以上、ジェイクと話したくないのなら、川本さんに連れて帰ってもらおう」  櫻井が震える優弦の背中をさすり、優しく促した。だが、優弦は頭を横に振ると心配そうに視線を向ける櫻井とジェイクを交互に見た。彼らの眼差しには優弦への想いが溢れている。  もう……、隠しておくわけにはいかない。優弦は決心した。あの夜からのことを、自分のことを、どうして東京を離れ、ここにいるのかを今こそ打ち明けよう。  優弦は櫻井の腕から体を離す。まだ名残惜しげに櫻井の腕は優弦を追ったが、それを柔らかく断るとしっかりと二人の瞳を見つめた。 「櫻井さん、ジェイク。どうしておれが広島に戻ってきたのか、……全部話します」 「優弦。無理はしなくていい。それは日を改めて聞くから」  優弦は大きく頭を振った。正直、二人に話したくはない。だけど、このままでは――。  軽く目を閉じて静かに深呼吸をする。冷静に。大丈夫だ。最後まで話せる。  優弦は心の奥底に封印していた扉を開くと、ゆっくりと目蓋を開けた。

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