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第62話
言われるがままに元のシステム部へと戻ったが、そこは以前よりも酷い場所に変わっていた。皆、腫れ物を触るように優弦に接し、こちらから声をかけても無視され、仕事の指示もない状態が続く。そして、たまたま同僚たちの話を耳にして、優弦はここに居場所がないことを思い知らされた。
彼らが口にしていたのは優弦とジェイクに関する卑猥で下品な噂話。同僚たちは優弦がホモだと馬鹿にし、外国人社長に色仕掛けをして美味しい思いをしたのだろうと勘繰り、男同士でヤるなんて気持ちの悪い奴らだと嘲笑していた。
同僚たちの深層意識に触れてしまうと、彼らにどういった態度を示していいのか解らなくなった。なにも知らなかった頃のように笑えなくなり、つい他人の顔色を窺ってしまう。そんな優弦の小さな変化が、今度は彼らの被虐心を煽ってしまった。
だんだんと優弦に対する口調が粗くなり、それは行動にも顕れる。無茶な作業をわざと振られて、できなければ罵られるようになった。そしてその罵りには優弦の人格を否定する小さなナイフが幾つも仕込まれていて、彼らが言葉を吐き出す度に優弦の心は鋭く傷つけられた。
優弦に対する嫌がらせは日を追う毎にエスカレートした。中には、傷ついた優弦に慰め顔で近づいて、相談に乗ってやると言ってホテルへ連れ込もうとする輩まで出てきた。
蔑まれる日々に追い詰められる。でも、その頃の優弦を支えていたのは、いつかジェイクが帰ってくるとの思いだけだった。自分がこの会社を辞めてしまうと彼と会えなくなってしまう。
常務は、本国のジェイクから定期的にシマノの業務に関する指示を受け取っていると言い、心配せずに待っていてくれと言付かった、と優弦に教えてくれた。個人的にはジェイクと連絡が取れないまま、優弦は息を殺して今の嵐をやり過ごしていた。
ジェイクの様子がわからないまま、ふた月になろうかとしていたある日、またも優弦に異動命令がもたらされた。今度は営業部。そこで優弦は当時、営業部長だった赤城と出会う。
営業部でも結局、目ぼしい仕事も与えられず三日が経った帰宅間際、赤城が優弦に声をかけてきた。
「月見里 。急ですまないが今から一緒に来てくれないだろうか」
聞くとアメリカからの特別な客との会食があるのだが、予定していた通訳が体調不良で来れなくなったという。
その頃の優弦はジェイクとの語らいで、ずいぶんと踏み込んだビジネストークも英語で話せるようになっていた。
この営業部に着任してからも、優弦に向けられる視線が冷たいことは感じていた。あの酷い噂がシステム部だけでなく、全社的に流れていると痛感させられる。でも、それでも優弦が必要だと、赤城から与えられたまともな仕事に優弦は心が弾んだ。
連れて行かれたのは都心から離れた高級料亭旅館の一室。そこにはすでにジェイクに代わり、戻ってきたシマノの社長と常務の姿があった。その対面に座るのは、ここに来るタクシーの車内で赤城から説明のあったアメリカ企業の要人三名だ。優弦はその列席者の一人に見覚えがあった。たしか、アメリカの新興企業、サーバル社の幹部だ。以前、ジェイクに連れられて行ったパーティーでやけに馴れ馴れしく彼に話しかけ、少し嫌味を含んだ態度だったのを思い出す。そして男が優弦を見て、なにやら意味ありげに含み笑いをしたことも。
宴が始まるとなぜか赤城は退席してしまった。ひとり残され、一番下っ端の優弦は懸命に職務を全うした。皆のグラスにお酌をして廻り、サーバルの幹部たちの言葉を訳して社長や常務に伝えた。ときに彼らの話は卑猥なジョークもあり、それは曖昧な微笑みでスルーした。
芸妓が呼ばれ座敷を盛り上げる。アメリカからの客人は酔いに任せて優弦の腕を取り無理矢理に膝の上に座らせると、執拗に腰や太腿にいやらしく手を這わせてきた。その手の動きをやんわりと身を捩って躱しながら、仮面のような笑みを顔に貼りつけて耐えた。
夜も更けて宴が終わり、内心ホッとしていた優弦に社長と常務からかけられたのは、労いの言葉ではなく奈落の底へ落とされるひと言だった。
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