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第67話
***
「優弦! 櫻井さん!」
乱れた衣服を直し、櫻井と共にロビーへと降りると、ソファに心細そうに座っていた川本が優弦たちを見つけて駆け寄ってきた。
「さっきのおっさんもおらんようなってから、どうしたろうかと思うとったんじゃ」
「すみません。心配をかけてしまって……」
「ええよ、おまえが無事なら」
川本が二人に気のいい笑顔を見せた。櫻井も川本に笑顔で応じたが、隣に立つ優弦の顔が強張っていることに気がつくと、
「どうしたんだ、優弦」
「川本さん、すみませんが櫻井さんを送ってください」
きっぱりと言った優弦に櫻井と川本が同時に、えっ、と聞き返す。でも優弦は続けて、
「おれは今から営業車を返したら、しばらく仕事を休みます」
「そ、そりゃあ大変な目におうたけえ、ええが。でも」
川本が櫻井を気にしている。彼も今回の騒動で優弦と櫻井の関係を勘づいている。優弦は隣の櫻井を見上げると、
「櫻井さん、おれはもうあなたにも逢いません」
優弦の迷いのない視線に櫻井は息を呑んだ。
「なにを言い出すんだ、優弦」
「……おれはあなたとジェイクの友情を壊してしまった。そして大切なビジネスチャンスも」
「今回のことは不可抗力だ。それにおれはシマノの社長なんて就く気は……」
「それだけじゃないんです。おれはあなたにジェイクの面影を重ねていました。あなたが隣で笑いかけてくれたときも、抱きあって眠ったときも、心のどこかでジェイクと似たところを見つけると安心していた。こんなおれを好きだと言ってくれたあなたに酷いことをしていたんです」
打ち明けた優弦の瞳は嘘をついてはいない。櫻井はその事実に小さな衝撃を受けた。なにか反論しないと。しかし、喉の奥は詰まったままで優弦を説き伏せる台詞が浮かんでこない。
駄目だ、このままでは彼を失ってしまう――。
優弦の澄んだ瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。その煌めく雫があまりにも美しくて櫻井は余計に言葉にできなくなった。
「愛してくれてありがとうございました。櫻井さん、お元気で」
儚い微笑みを残して優弦が櫻井の前から立ち去った。追いかけなくていいのか、と喚く川本の声は櫻井の耳には届かなかった。
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