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第7話
邸の中へ入ると、それこそ御伽の国の宮殿にでも迷い込んでしまったかのような造りに、更に驚かされた。
ダークスーツを決め込んだ初老の紳士が、幾人かのメイドらしき女性を引き連れて丁寧に頭を下げてよこす。さすがに悪びれた態度を取ることも忘れ、二人はタジタジとしながら倫周の後ろに隠れるように寄り添って歩いた。
高い天井に豪華なシャンデリアが施されている廊下を進み、ようやくのことで個室へと案内されれば、もうそれだけでドッと疲れが出たというようにして、二人は勧められたソファへと倒れ込みたいくらいの心持ちでいた。
「今、夕食を用意するからゆっくりくつろいでておくれよね?」
倫周がそう言って部屋を出て行ったのを見届けると、より一層緊張感が解けたのか、紫苑などはもうソファの上で大の字になる勢いで引っくり返ってしまった。
天井を見上げれば、細かい装飾が随所になされた美しいアールデコ調の造りが何ともいえない。高級ホテルのスイートルームなんていうものじゃ表しきれないだろうと思うようなそれは、まるで中世ヨーロッパの貴族の館そのものだ。天凱付きのベッドに大理石のテーブル、アーチ型の窓の外には白磁の手すりのバルコニー、その向こうには港の灯りが水面に揺れてキラキラと輝いている――まるで異世界だ。あまりの非現実っぷりに、先程までの怒りもすっかりと忘れさせられてしまうくらいだった。
部屋の中を一通り眺め終わった遼平が、ソファでノビている紫苑の隣りへと腰掛けながら、不思議そうに首を傾げる。
「なあ……、俺さぁ、もしか前世は貴族とかだったのかも……」
突如そんなことを口走ったのに、紫苑は未だ寝っ転がりながら不思議そうに彼を見やった。
「急に何……?」
「いや、なんか前にもここに来たことがあるっつーか、さっきこの家に着いた時にそう思ったんだよ。何だか懐かしい感じがしたっつーかさ」
「懐かしい――?」
「や、実際来たことなんかねえんだけど……。だから前世が貴族で、こんな館に住んでたのかもって思ったわけよ」
は、バカバカしい――!
紫苑は唖然としたふうにポカンと口を開きながらも、先刻からのことで頭がいっぱいのせいか、『お前は余裕があっていいな』というような調子で彼をチラ見する。
「ちェ、バカにしやがって! けど俺、結構そーゆーの感じること多いってーかさ。ここ来たことあるかもとか、前にも似たようなことあったかもとか……よく思うんだよな」
「……マジ?」
その言葉に紫苑の方も、自分も同調だというようにして、ようやくとソファから身を起こした。
「そんなら俺もよくある。何つーんだっけ、既知感覚――だっけ?」
「そう、それな! デ・ジャヴュとかいうやつ?」
「ああ、うん、それだ。俺もさ、受験で初めて四天学園 に行った時、ここ来たことある気がする、とか思ったわ」
「マジで? 実は俺も! 入学して初めて購買でパン買った時、懐かしいとか思った」
しばしそんな話題で盛り上がり、だが少しして会話が出尽くすと、いきなり現実感が戻ってきたように二人の表情から覇気が薄らいでいく。そしてまた、一気にダルさが襲ってきた。
「は――、面倒くせえー。俺ら、これからどーなっちまうんだろ……」
一寸先のことを考えるのも億劫だというふうにして、紫苑は再びソファへと背を預ける。
「仕方ねっだろ、てめえが短気起こすからこんなことになってんだ……」
遼平もつられるようにして紫苑の隣へと寝転んだ。そのまま格別の会話もないままにしばらくはぼうっと天井を眺め、だがふと何かを思い出したようにして、紫苑がいきなり身を起こした。
「――ッ!? ……ンだよ、急に!」
「や、そーいや俺、いいモン持って来たの思い出してさ」
いきなり飛び起きられて驚かされたこちらのことも眼中にないといった感じで、何やら夢中になってゴソゴソと胸の内ポケットを探っている。そんな様子に遼平は呆れ混じりで溜息を吐いて見せた。
「お! やっと出た。胸ポケ破れちまうとこだぜ」
相も変わらず暢気なマイペースで紫苑が差し出してきた物を、怪訝そうに見やる。それは古びた革の手帳で、大きさは文庫本を縦に長くしたくらいだろうか、確かにタイトな感じな紫苑のジャケットの胸ポケットには窮屈なくらいの厚さの代物だ。
ニヤニヤとしながらそれを差し出す紫苑の表情にも首を傾げながら、
「何それ――?」
遼平は不思議そうに手を伸ばした。
中を開けば黒いペン字でびっしりと文字の羅列が並んでいる。誰かの日記か何かだろうか。何枚か頁をめくる横で、
「それ、何だと思う?」
紫苑がおもしろ可笑しそうに言う。
「――? さあ、日記かなんか?」
「んふふ、違えよ。歌詞だよ歌詞! 氷川のおっさんがいっつも大事そうに持ち歩いてる手帳らしいんだけどさ。昨日、事務所の便所に忘れてったのを拾ったんだ」
「はぁッ!? じゃ、何? お前、これ盗んできちまったわけ?」
ギョッとしたように瞳を見開きながらそう訊いてくる遼平を横目に、紫苑はふてくされたように口をとがらせた。
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