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第8話
「盗んだわけじゃねーよ。忘れモンを拾ってやっただけ! ホントはさっきおっさんに文句言いに行った時、返すつもりだったけど……すっかり忘れた」
まあ啖呵を切って飛び出してきたあの状況では無理もなかろうが、とにかく遼平は『俺、知らね!』とでもいった調子ながらも、パラパラと中身をめくり続けていた。紫苑の方はまたひとたびソファにのけ反り、
「しっかし今時、歌詞を手帳に手書きってさ――? てめえはいつの時代のおっさんよ、ってな?」
先刻のやり取りを思い出したわけか、少々憎まれ口調でそんなことを口走る。が、はっきりとした相槌を示さない遼平に物足りなさを感じたのか、不満げに彼を見やれば、案外真剣そうにメモされた歌詞に目を通している。紫苑は、そんな態度もイケ好かないといった感じで、更なる憎まれ口を叩いてみせた。
「俺も最初の方だけチラっと読んだけどさー、あん時もっとああしておけば良かっただの、ホントはこんなふうに思ってただのって。おっさんってば誰かに片想いでもしてんのかよとか思っちまう。かといって失恋ソングってわけでもねえし……何が言いたいんだかサッパリ分かんねえ」
あーあ、どこか俺らの思う通りの音楽を目一杯理解してくれるところはねえのかなーとでも言いたげに、ますますダラけ気味で伸びをしたその時だ。ふと、手帳の間から一枚の写真のようなものが舞い落ちたのに気が付いて、遼平が慌ててそれを拾い上げた。
「ヤベッ、なんか挟まってた」
失くしたらマズいよなと身を屈めて拾い、だがそれを目にした瞬間に、驚いたように瞳を見開いた。
「何、これ――。なんであの人、こんなん持ってんの……?」
しばし呆然としたように写真を眺めたまま硬直状態だ。それを横目に紫苑も怪訝そうにして身を乗り出し、だがやはりその写真を見た瞬間に、遼平同様に酷く驚いたまま固まってしまった。
それはまぎれもなく自分たちが写っている写真だったからだ。
「何であいつが俺らの写真なんか持ってんのよ……」
「や、写真持ってるくらいなら別にどーとも思わねえけど……何つーか、その……」
まるでこっそりと、誰にも知られないように忍ばせてあるとでもいうような感じで、肌身離さず持ち歩いているらしい手帳に挟まれた写真――。しかも内容は氷川が書いたと思われる歌詞でびっしりと埋め尽くされている。
ちっとも自分たちの意見を聞いてくれない上、傲慢ともいえるようなプロデュースばかり押し付けてくるくせに、何故こんなにも大事そうに自分たちの写真なんかを持ち歩いているというのだろう。しかも四天(学園)の学ラン姿で二人肩を並べている、場所はどこかの原っぱのようで校内や街中ではない。こんな写真を一体いつ撮ったというのだろう。
「何、あのおっさん……気色悪りィよ。これじゃまるで俺らのこと……」
そうだ、ひどく大事にされているように思えて気味が悪いくらいだ。
それならどうしてわざわざ売れ筋から思いっきり外れたような曲ばかりを提供してくるのだろう。態度とて素っ気なく、どちらかといえばクール気取りの冷たい印象の方が強い。社長の帝斗や倫周らと違って、いつでも取っつきにくい感じのポーカーフェイスだ。だから今までだってなかなか自分たちの意見を言えず仕舞いだったわけだが、ついには我慢の限界で直談判に行った挙句がさっきの始末というわけだったのに。
それ以前に、いつどこで撮られたのかも分からないような写真というのも奇妙で仕方ない。感じからしてごく最近か、どうさかのぼっても高校に入って以降のようだが、そもそもこんな写真を撮った覚えがない。CDジャケットの撮影分というわけでもなさそうだ。
第一、ミュージシャンとしての活動用には制服姿で撮ったものなど一枚もないはずだから、だとすれば誰かから拝借してきたとでもいうわけか。そう考えると余計に謎のような気がして、ますます気味が悪かった。
遼平も紫苑も、意外過ぎるというような面持ちで、しばしは互いを見合ったまま言葉少なでいた。
ふと、遼平が食い入るようにそれを見つめながら、
「なあおい、これ……俺らじゃねえ――」
少々掠れ気味の焦ったような声で、ボツリとそうつぶやいた。
「――?」
「俺らじゃねえ……。よく似てっけど……別人、多分――」
「……別人だ?」
遼平の言っている意味が分からずに、紫苑も身を乗り出し写真を凝視した。
どこからどう見ても自分たちに間違いないじゃないか。この野郎、一体何を言ってやがるんだと、そんな面持ちで隣の遼平を見やった。
「――やっぱ違う。つか、この写真自体ちょっと古ボケてるっつーか、だいぶ昔のもんって感じしねえか?」
無意識に裏返したそこに記されていたのは、
『x x x x 年、河川敷にて』
それは今から二十年も前の年号だった。
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