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第10話

 桃稜学園といえば、何かにつけて四天とは因縁関係にあるというか、どちらもあまり素行の褒められた学園でないだけに、街中で鉢合わせればいがみ合いの絶えないといった感じの、いけ好かない連中だ。  氷川がそこの制服を着ている時点で冷笑がとまらないところだが、それ以上に今とは打って変って、黒髪をサイドからバックに撫でつけたタイトな髪形が時代を物語ってもいるようで、とにかく可笑しくて仕方ない。紫苑はプッと噴き出しながら、 「何これ! まさか氷川のオッサンって桃稜出身なわけ?」  クリッとした大きな瞳を悪戯っぽく見開きながら、冷やかすような調子で倫周にそう訊いた。 「そうだよ。聞いてなかったかい? 白夜は川崎桃稜、僕と帝斗は横浜白帝出身さ」 「白帝――!?」  思わず大声を上げるほどに、遼平と紫苑の二人は驚きで目を剥いてしまった。それもそのはず、『白帝』といえば大金持ちの御曹司が通うとして有名な学園だったからだ。幼稚園の部から大学院まであるエスカレーター校で、国内でも名をはせている程なのだ。自分たちの通う四天学園や隣校の桃陵学園とは次元が違う異世界だ。 「白帝ってなぁ……。やっぱ、超金持ちなんだ。まあこの家見りゃ分かるけどさ」  それよりも氷川の若かりし頃の様子がたまらない。どうにも笑いがとまらないといった調子で、紫苑が腹を抱えていた。 「あー、もう腹痛ェよ! 氷川のオッサンって高坊の頃からフケてるっつーかさ、すげえウケる! 特にこの髪形! 一昔前の不良ってよりはマフィアの頭領みてえじゃんか!」  何か勘違いしてないかとばかりの高笑いでウケまくる紫苑に、倫周はにっこりと微笑みながら、『そうだよ』とだけ返事をした。 「は――? そうだよ、ってあんた……。前から思ってたけど倫周さんってちょっと天然入ってるっつーか、やっぱ癒やし系?」  なかなか面白い冗談だとばかりに、氷川の写真を握り締めながら未だ笑いをこらえているその様子に、倫周は相も変わらずのニッコリとした笑顔でそれに似合わないような突飛なことを言ってのけた。 「白夜の実家はマフィアだよ。彼のお父様は香港にいらしてね、中国人なんだ。お母様は日本人で、だから彼はハーフなんだよ。現在はお兄様が跡を継いでるそうだから、正確に言えば『頭領』は彼のお兄様ってことになるね。まあそのお陰で白夜は自由奔放に音楽なんてやっていられるようだけどね」  当たり前のような笑顔でそう言われて、紫苑はおろか遼平も、開いた口が塞がらないというような表情で唖然とさせられてしまった。  ちょっと待ってくれ、自分が今『頭領みたいだ』と言ったのは、ひとつのモノの例えであって、そんな正確なところの現実話をしたのではない。そう突っ込みたいのは山々だったが、今はそれ以前にとてもじゃないが信じ難い話を聞かされた方が驚愕だった。  冗談なのか本気なのか、この倫周に言われると、実際どちらなのかの判断がまるでつかなくなる。少々天然系の彼の言うことを鵜呑みにする方がバカなのか、それともからかわれているだけなのか、紫苑は拗ねたように口をとがらせながら、半信半疑の怨めしげな様子で倫周を見やった。 「つか、オッサンのことはもういーよ! それよかこっちの二人。俺らにそっくりなこの二人も知り合いなんだろ?」  一緒に写っている時点でそれは間違いないだろう。紫苑は興味ありげに笑いながら、 「どーせならオッサンよかコイツらに会ってみてえよなー? ここまでそっくりだと自分が将来どんなオヤジになるかって、いいシュミレーションになんじゃん」  何処にいんの? 会わせてよ、とでもいうように身を乗り出しながら、からかい半分でそう言う紫苑を横目に、遼平が口を挟んだ。 「やめとけよバカ! ドッペルゲンガーに遭うと死んじまうって話、よく聞くじゃん」  紫苑に比べれば生真面目な性質の遼平は、そんなことよりもこの写真の人物が何処の誰なのかということの方が気に掛かって仕方ないらしい。そんな彼までをもからかうように、紫苑は言った。 「ンなの、迷信に決まってんじゃん。第一、二十年も前に高坊だったんなら今頃はとっくにオヤジになってんだろ? 氷川のオッサンと同じくらいじゃね? それでドッペルゲンガーもクソもねえよ」  カカカッと高笑いをしながら、 「それともナニか? ドッペルゲンガーじゃなくって、案外俺らってこいつらの生まれ変わりだったりしてな?」  そう考えれば気味が悪い程に瓜二つなのにも納得がいく。半ばおどけ気味の冷やかした態度で、紫苑は倫周にあて付けるかのように、手にした写真をブラブラとなびかせてみせた。 ――そうだね  今までのにこやかな表情をフイと翳らせて、倫周がポツリとそう呟いたのに、紫苑らは『え?』というようにして不思議そうに首を傾げた。

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