15 / 146
第15話
粟津家というのはいわば大財閥というやつで、国内外でも名を馳せている程の大富豪だった。帝斗はその粟津一族を束ねる本家の長男であったが、当代当主である彼の父親には、子供は帝斗一人しかなかったというのもあって、倫周を養子に迎えることに大賛成だったようだ。
その帝斗の父親が仕事上の関係で懇意にしていたのが氷川の父親というわけだったから、当然、息子同士も次代継承者ということで顔見知りだ。
その氷川は桃稜学園の番格で紫月らとは犬猿の仲――と、まあ、少々入り組んだ間柄ではあるが、そんなふうにして交友が交友を呼び、今のような関係が成り立ったわけだ。
紫月らにしてみれば、倫周は自分たちが世話を焼いた経緯からして憎めない相手に違いはなく、その義兄となった帝斗にも何となく恩義が感じられる。一方、犬猿の仲である桃稜学園の氷川とは因縁関係なのは変わらない。だが、その帝斗と氷川が家族ぐるみの付き合いをしているのでは、まさかそれをブチ壊すわけにもいかないといったところで、まあ少々不本意ながらも”なあなあ”の付き合いを続けてきたというところだった。
そんな彼らも今日が同時に卒業式とあって、それぞれ学園は違ったわけだが、式が済んだらこの河川敷で落ち合おうという算段になっていたのだった。
薄いグレーのブレザーにからし色のタイ、番を張り合ってきた見慣れたその制服に身を包む『桃稜の白虎』本人を目の前にして、剛と京は揃って『ひゅー』と声を上げた。
「あんたの噂、知ってんぜ! 桃稜の白虎っつったら有名だもんな」
「そうそう! 有名っつーか、桃稜の連中の間じゃ『氷川伝説』とかいうのまであって、不良連中から超敬われてるって話じゃん!」
物珍しそうに氷川を取り囲みながら、交互交互にそんなことを言っている。ヘンな話だが、高校在学中には少々恐ろしくて遠巻きに見ていただけの相手でも、卒業式が済んでしまった今ならば、声を掛けても許されるだろうといった心境なのだ。
とかく、やんちゃだ何だといわれる連中というのは、自分よりも強そうな相手に興味はあれども、おいそれとは声も掛けられないといったことが多い。だからこの氷川のことも、こんなに側で話ができるという機会に一種の憧れとか醍醐味を感じるわけなのだろう、少々ワクワクとした調子で彼を取り囲んでいる。
そんな様子に当の氷川は苦笑気味、遼二と紫月は呆れ半分で素知らぬふりだ。それらを横目にしていた帝斗が可笑しそうに口を挟んだ。
「氷川伝説じゃなくて、正しくは『氷川事件』さ。なんでも川向うの高校が暴走族まで引き連れて桃稜学園に乗り込んできたのを、たった一人で鎮めたっていう話だよ? 白夜が中学三年の頃のことさ」
そうだったよね、とでもいうようにして帝斗が氷川の方を振り返った。だが当の本人は、
「んなの……どーでもいいじゃねえか」
ボソリとそう言いながら照れるでもなければ誇るでもなく、苦虫を潰したような顔で勘弁してくれといったふうに困惑気味だ。そんな彼を横目にしながら、素知らぬふりを続けていた紫月がクスッと鼻を鳴らした。
「そんなんだからてめえは愛想無えとか、ぶっきらぼうだなんて言われんだよ」
褒められたら軽いノリで素直に威張ればいいじゃない? とでも言いたげにしながら、だがそんな不器用なところもお前らしいよなといった調子で、クスッと笑う。
「……ッるせーな。そーゆーてめえだって無愛想を地でいってんじゃねえか」
氷川がチッと軽い舌打ちと共にそう返せば、その傍らでは剛と京が『やっぱりお前ら仲良いんじゃん!』と言っては囃し立てる。
氷川と遼二と紫月――この三人のやり取りを見ていると、犬猿の仲だの対番だのと言われながらも、何だかんだいってお互いに一目置いているというのが暗黙了解に感じられるわけだ。
剛と京にはそれが嬉しいのか、とにかく自分たちの仲間である遼二と紫月が『桃陵の白虎』と親しいということ自体が鼻が高いとでも言いたげなのである。
帝斗は彼らを微笑ましそうに見つめながら、まだ蕾の固い河川敷の桜並木へと目をやった。
「あー、ホントに卒業したんだなぁ……」
あの桜が咲く頃には、僕らはお互いどうしてるかなとでもいうように、感慨深げに瞳を細める。それに同調するように、今まで氷川を取り囲みながらはしゃいでいた剛が穏やかに口を開いた。
「俺さー、やっぱギタリストになるって夢、諦めないでがんばろうと思ってんだ。春休み開けたらバイトしながらぼちぼちライブ活動とか始めようと思ってる」
突然の台詞に、皆は一様、ハッとしたように剛に視線を向けた。
ともだちにシェアしよう!