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第17話
どうにもこの剛と京は氷川のことが珍しくて仕方ないらしい。伝説めいたものまで持っている『桃稜の白虎』の存在に、興味津々なのを隠せない。彼らが喜々とはしゃぎ合っている傍らで、遼二と紫月の方は相変わらず呆れ気味に肩をすくめてみせた。
「けど親父さんを手伝うってことは、あんたン家も金持ちなんだ? どっかの社長の息子? それとも粟津家と一緒で財閥かなんか?」
剛と京は性懲りもなく、依然として興味のネタを引きずっているようだ。氷川はやれやれといった調子で、矢継ぎ早やの質問を受け入れた。
「財閥なんて大層なもんじゃねえな。実際、あんまり褒められた稼業じゃねえっていうのが正直なところだが……。けどまあ、妾腹の俺を実子同様に扱ってくれた家族には感謝してるから」
そのひと言に、皆が一斉に彼の方へと視線をやった。少し驚いた感じの彼らを横目に、氷川はクスッと軽く笑むと、
「あー、俺ね、お袋はこっち(日本人)なんだ。川崎生まれでさ、その流れで桃稜に入ったんだが――。親父には香港に中国人の正妻がいて、その実子の――俺にとっての兄貴もいる。俺はハーフってことになるが、国籍は向こうなんだ。『氷川』はお袋の方の姓を使ってるだけで、ホントの名前(中国名)は『周焔白龍 』っていうんだ」
「……周焔?」
「白龍……?」
「ああ。日本名の『白夜』ってのは、そこから適当に取ってつけたヤツでよ」
少し照れ臭そうにそんなことを言っては、また微笑む。
何だか酷く意外な一面を垣間見てしまったようで、剛と京は無論のこと、遼二と紫月もすぐには返答の言葉にも詰まるような感じで押し黙ってしまった。
桃稜の番格と言われ、いつも寡黙で硬派そうに見え、そのくせ粋がったところなど微塵も見せない風貌が癪に障るくらいの存在だった氷川に、そんな身の上話があっただなんて想像もつかない。というよりも想像などしたことがなかったというのが実のところだが、だからこそ一層意外な気がしてならなかったのだ。
訊いてはならないことを訊いてしまったというよりも、あまり触れられたくないだろうことを無理に言わせてしまったようで居たたまれない。そんな雰囲気を打開するかのように、わざとおどけ気味で京が口を開いた言葉――。
「あー、けどその……白龍って名前、すっげカッコ良くね? なんかマフィアっぽいっつーかさ、映画とかに出てきそうじゃん?」
一生懸命盛り立てようというのがひしひしと伝わって、皆もそれに乗っかるようにコクコクとうなづく。
だが現実とは厄介な代物で、意図しないところで裏目に出てしまうというのはよくあることだ。たった今の京のひと言がまさにそれで、場を和ませる為に出した例えがズバリその境遇を言い当ててしまったのだった。
◇ ◇ ◇
氷川は、香港に拠点を置くチャイニーズマフィアの頭領である父と、その愛人である日本人女性の母との間に生まれた妾腹の子供だった。彼の父親には正妻との間に既に男の子があったが、兄弟は二人きりだったこともあり、分け隔てることのなく実子同様にして育てられた。その為、腹違いではあったが、正妻の子である兄とも本当の兄弟のように仲の良く過ごしてきた。
兄は『周風 』という名で、字 は『黒龍 』、弟である氷川には『周焔 』と名付けられ、『白龍 』という字 が与えられた。風が炎を煽って勢いを増すように互いに助け合い、龍の如く強さでファミリーを盛り立てていって欲しいとの思いから、そう名付けられたそうだ。
そんなふうにして、当たり前のように中国籍で実子として育てられたのだが、彼が思春期に入った頃に、父親から日本の学校に留学してみないかと提案されたという。半分は異国の血を引く彼を気遣ってか、学生時代の数年間を母親の故郷でもある日本の地で過ごさせてやりたいという父の厚情だった。
その父が公私共に懇意にしていた粟津財閥当主を紹介されたのもこの時だ。いわば帝斗の父親にあたる人物だった。
見ず知らずの異郷の地で心細いことも多かろうとの配慮から、現地での頼り先までを手配してくれたり、ありとあらゆる気遣いをしてくれる。そんな父に対して氷川は常に厚い感謝の念を抱いていたわけなので、高校卒業を機にその下へと帰ることを決めていた。
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