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第18話
そんな彼の事情を知っているのは帝斗のみだ。まあ、その義弟となった倫周も粗方は聞かされていたようだが、学園も違う上に深い付き合いもない四天学園組の遼二や紫月らにしてみれば、初めて聞くその境遇に驚いたのは言うまでもなかった。
氷川は格別何も言葉にはしなかったが、それがかえって「マフィアみたいだ」と言った京の例えを肯定してしまったようで、場の雰囲気が言いようのない奇妙な緊張感に包まれる。瞳をキョロキョロとさせながら、『俺、何か悪いことを言っちまったかな」などと戸惑っている様子を気遣うように、氷川はまたもや苦笑いを漏らすと、
「ま、実際は映画みてえにカッコいい世界じゃねえけどな?」
少しバツの悪そうにしながらそう言った。そして、その言葉により一層驚いたように固まっている一同を前に、更にもうひと言を付け足した。
「組織の名前、『xuanwu 』っていうんだ。お前ら、旅行とかで香港に来ることがあったら言ってくれよ。案内くらい出来っから」
別段、こんなところで本当のことを打ち明けなくてもよかったかも知れない。近々日本を離れ、香港に帰ってしまう自分にとって、今ここにいるメンツと今後どこかで会うこと自体が稀だろう。実際、家同士の付き合いがある帝斗を除いては、皆無といっても過言でないくらいだ。在学中とて格別親しくしていたというわけでもない、ただ隣校で番を張り合ったというだけの連中を相手に、何故そんなことを暴露する必要があるのか――氷川はおそらく自分でも理解できなかっただろう。
――確かな理由などなかった。ただ、心の深いところで、彼らと袖触れ合った縁を忘れたくないという哀惜が、どうしようもなく胸を締め付けるような気分にさせられて、自然と口にしてしまった言葉だった。
◇ ◇ ◇
花曇りの雲間から、かすかな陽光がこぼれ出す。
川面を渡る風は真冬よりは随分暖かくて、けれどもまだ少し冷たくもあるようで、そよそよと頬を撫で、髪を揺らす。
しばし場が静まり返り、誰もが何を話していいかという表情で戸惑い気味だった。
持ち前のノリの良さも発揮できずに、ただただ驚き立ち尽くすだけの剛や京を横目に、
「なるほどな、それじゃどーやったってお前にゃ適うはずはなかったってな?」
フイと、そんなことを口走ったのは遼二だった。
「俺、前にコイツとやり合ったことあんだけどさ。まったく歯が立たなかったってーか……ボロくそにのめされて終わったのよ。その上、こいつったら俺の為に病院まで手配してよこしやがるからさ! あん時は随分気障なことしやがるって悔しがったもんだぜ。場所はほら、ちょうどあそこに見える煉瓦色の建物だったな。今となっちゃ懐かしい思い出だけどね」
遠目に立ち並ぶ倉庫街を指差しながら、瞳を細めてみせた。
氷川がマフィアの組織で育ったというのならば、番格ともてはやされるのも当然だろう。どことなく他人を寄せ付けないような威圧感を伴った雰囲気も、喧嘩が強いのにも、すべてに納得がいく。
皆に向かって、照れ笑いをする遼二に、当の氷川は謙遜するなというようにフッと笑ってみせた。
「そういうお前だって強かったじゃねえか。てめえの命掛けてまで、守りてえもんを持ってるお前はすげえカッコよかったぜ?」
「はあッ!? 何言ってんの、おまッ……」
予想もしていなかったような言葉で称賛されて、遼二はアタフタとしながらも照れ臭そうに頭を掻いた。そんな彼の腕を取ると、氷川はまるで彼だけにしか聞こえないような小声で、もっと驚くようなことを囁いてみせた。
「マジでカッコよかったぜ、あん時のお前。そんな大切なモンを持ってるお前も……それから、お前にそんなふうに想われてる一之宮(紫月)も。お前ら二人すげえ似合いで……何つーか、絵になってた」
遼二にしてみれば意外どころではなかった。左程親しくもないはずの氷川からそんなことを言われて、うれしいようなむず痒いような不思議な気分だ。正直どう返答をしていいかも分からない。
ふと、つい先程、剛と京に冷やかされたばかりの言葉が脳裏に浮かんだ。
『勝負が終わった途端、今までいがみ合ってたのが嘘みてえに和解しちまうって話じゃん!』
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