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第19話
まるでその例えの通りに互いを認め合い、心の内では尊重し合っているみたいで、何ともこそばゆい。と同時に、こんな関係が多少なりともうれしく思えるのも確かで、遼二はますます決まりの悪いといったふうに視線を泳がせてしまった。
そんな思いを知ってか知らずか、氷川は更に小声になりながら、
「けど、アレだな。卒業もしたことだし、一之宮とお前、晴れて堂々お付き合いできるんじゃね? もう隠れてコソコソ、ラブホに行く必要もねえしな?」
ニヤニヤとそんなことを耳打ちされて、カッと染まる頬の熱をごまかすだけで精一杯だ。
「バッ……ッ! てめ、何言って……!」
「冗談だよ、冗談! つーか、てめえら卒業したら一緒に住むんじゃねえの? 俺りゃ~、てっきりそう思ってたけど」
「……! ちょっ……! おまっ、声でけえっての……!」
まったく油断も隙もあったものじゃない。この氷川には、ひょんなことから自分と紫月が男同士でありながら魅かれ合い、付き合っているのを知られてしまったのだが、まさかこんなところで冷やかされるだなどとは思ってもいなかったので、遼二はひどく焦ってしまった。しかも何とも親しげなやり取りが違和感のかけらもなく、これではすっかり心を許し合った友人そのものだ。
いや待て、いくら卒業したといっても、コイツはつい先日まで因縁関係だった隣校の番格なんだぜ?
そう思う傍ら、だが、どういうわけかやはり嫌な気はしない。それどころか卒業を機に香港へ帰ってしまうというこの男に対して、まるで長年ツルんだ親友と離れる寂しさのようなものまでがこみ上げる気がして、何とも不思議な心持ちにさせられる。
しばし感慨にふけっていたその時だ。
「ねえ、白夜君に遼二君! そんなとこで二人っきりで何の内緒話してんのー? それよりこっちに来て一緒に写真撮ろうよー!」
突如背後から倫周にそう叫ばれて、遼二はハッと我に返った。傍らの氷川は相変わらずに威風堂々、落ち着いた感じで、二人は同時に倫周の方を振り返った。
見れば、紫月を挟むようにして剛と京がはしゃぎながらポーズを取っている。それを撮影しながら、カメラ片手に帝斗も楽しげだ。そんな彼らの手前で倫周が自分たちを呼んでいる。
「ねえ早くー! 早くおいでよー」
まるで身体全体で手招きするかのような彼独特の懐っこさが可笑しくて、氷川はクスッと微笑むと、「写真だってよ。ま、いい記念になるか?」そう言って歩き出した。
卒業証書を片手にはしゃぎ合う面々、互いに突っつき合ったりじゃれ合ったりしながら、春風に乗って楽しげな笑い声が川面を揺らす。
すぐ目の前には番を張り合った思い出のある男の背中が映り込み――遼二は前を行くその背を引きとめるように、思わず声を掛けた。
「なあ氷川……っ」
「ん――? 何だ」
「あ……のさ、もし日本に帰ってくることがあったら……声、掛けろよな」
「――え?」
「えっと、だから……夏休みとかよ、何でもいいーから用事あってこっちに来る時は、声掛けてくれってこと! そん時は……一緒に飯くらい食おうぜって意味!」
どうにも言いづらそうに視線をそらし、照れ臭そうにしながらそんなことを言う遼二に、氷川は少々驚いて、だがすぐにフイとその瞳をゆるめてはうなづいた。
「ああ、そうさしてもらうぜ。そん時はてめえのおごりな?」
「は――ッ!? なんでそーなんのよ! てめえの方が金持ちのくせしてよー!」
「はは、いいじゃねえか。そん代わり、お前らが香港に来た時は俺がおごるって!」
「え、マジッ!?」
「マジ! だから来いよ香港。一之宮と一緒にハネムーンがてら、とかな?」
「はぁッ!? てめッ、また……ンなこと言いやがって……! 待てこら、氷川ッ!」
何だか知らないが、こんなたわいもない会話がひどく心地いい。急に親密になれたような気がして、くすぐったくもうれしくて心が躍るようだ。
二人は悪戯そうにニヤッと笑い合うと、どちらからともなく腕を差し出して、互いの拳をぶつけ合った。まるで『約束だぜ』というように力強くタッチを交わし合い――
雲間を縫って輝く春の陽光が川面を照らし、キラキラとまぶしかった。
最高の仲間と共に分かち合う、今いるこの場所も、頬を撫でる春風も、すべてが本当に心地よかった。
これが互いに触れ合うことのできる最後の縁となるなどと、この時の二人は思いもせずに――
穏やかな春の陽がやわらかに彼らを包み、降り注いでいた。
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