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第21話

 廊下には夕陽の橙色が斜めに影を付けている。通常は美しく映るはずの夏の西日も、今日はこれ程までに辛辣な思いを突き付けてくるものなのか――  眩しい程の反射を呆然と瞳に写しながら、氷川は遼二と出会った頃のことを思い浮かべていた。  鐘崎遼二と一之宮紫月が親友という間柄を超えて魅かれ合っていることを知ったのは、まだ桃稜の高等部に在学中の頃だった。偶然通り掛かった繁華街の一角で、彼らとおぼしき人物が、挙動不審に周囲を気に掛けながら身を寄せ合っているところに鉢合わせて、すべてが理解できた。  サングラスで顔を隠し、ニット帽の上からパーカー付の上着まで羽織って警戒する二人が、いったい何処で何をしてきたのかというのは訊かずとも一目瞭然だった。そこいら一帯は歓楽街で、ラブホテルが立ち並ぶ界隈として地元では知れた場所だったからだ。  彼らは自らの通う桃稜学園とは対立的な因縁関係にある四天学園に在籍し、しかも不良グループの頭と言われていた為、氷川にとっては多少なりとも興味のある存在なのは確かだった。  そんな彼らの弱みを握ったも同然の目撃だったが、氷川はそのことを一切他人に公言しなかった。そんなものは個々の自由とハナからそう思っていたからだ。後に当人たちとタイマンと言われる一対一での勝負をするハメになった際に、初めてその時のことを打ち明けたが、それ以外はむやみやたらと面白半分に触れ回ったりすることはしなかった。  そんな心意気が通じたのか、次第に互いを尊重し合うようになっていったのは暗黙の経緯だった。特に鐘崎遼二の方とは、卒業式以来ちょっとした絆が芽生えた程で、そんな間柄になれたことがうれしく思えていた矢先だった。親友とまではいかないにしろ、それに近いような存在ができたことを誇りに思ってもいた程だ。  だからこそ信じられなかった。  帝斗から遼二の訃報を聞いた時は、目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けた。 ◇    ◇    ◇  強烈な西日が高窓からわずかに覗くだけの狭い部屋で、帝斗と倫周がいたたまれないふうに肩を落としていた。どうやら一般の控室とは別に借りられたふうな雰囲気が、その理由を聞かずとも理解できるような気がしていた。帝斗らに見守られるようにして、すぐ側の長椅子に腰掛け茫然としている男を目にした瞬間、氷川はゴクリと息をのんだ。一之宮紫月だ。ここは恐らく彼の為に用意されたものではないか――そう思った。  半年ぶりに見る彼に以前の勝気な面影は微塵もなく、まるで別人のようにげっそりとやつれた感がその心中を物語ってもいた。 「紫月……? 氷川が来てくれたんだぜ?」  剛がそう言って、うつむいた顔をやさしく覗き込むようにしても、当の紫月には人の気配すら分かっていないのか、微動だにせずに腰掛けたままだ。ぼんやりと地面に放り出されたような視線は、どこを見るともつかずに、その様はまるで魂の抜けた人形のようだった。食事も喉を通らず、眠ってもいないせいか、今の彼は触れた途端に壊れてしまいそうに痛々しい。氷川はそっと紫月の前へと歩み寄ると、無言のまま、変わり果てたその様子を苦い表情で見下ろした。  じっと、ただ彼の目の前に立ったまま、しばらくその場を動かない。声を掛けるでもなければ、肩を抱くでもなく、ただただ傍にあるだけの気配に若干の意識を揺さぶられたのか、ようやくと紫月は視線を上げた。 ――――ッ!?  突如、ガタンッと大きな音を立てて長椅子から立ち上がり、目の前に立った男の顔に反応するように、紫月はみるみると瞳を見開いた。 「おい、紫月……? お前、氷川が分かるのか……?」

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