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第24話
ガードレールをギュッと掴みながら、そう訊いた。
「あいつらさ、付き合ってたんだって……」
背後を通り過ぎた車の煽りを受けて、剛の黒髪が揺れる――
「付き合ってたんだ。ダチとか、親友とか……そーゆーんじゃなくって……ッ、もっと深く……っ、想い合ってたって……ッ」
掴んだガードレールがへこむんじゃないかというくらいに力を込めてそう吐き出された言葉に、氷川はクッと瞳をしかめた。
『知っていた』とも、『知らなかった』とも返答できずに、しばし互いの背後を車が行きかう雑踏だけが通り過ぎる。
無言のままの氷川の様子に、それが答えと受け取ったのか、剛はますます苦しげにギュッと唇を噛み締めると、
「やっぱ……知ってたんだ……?」
苦いのは自嘲気味の口元から漏れる笑いだけでは――ない。堪え切れずに頬を伝った涙は塩辛く、そして酷く苦かった。
「――清水。俺は……」
「ホント、情けねえよな? 俺は……全然知らなくて……ッ! そりゃ、あいつらがすげえ仲いいってのは知ってたし、単にダチだ仲間だって以上に強い絆で結ばれてるって、そーゆーふうには思ってたけどよ……! まさか……野郎同士で……愛し合ってたなんて……だから紫月がおかしくなっちまうくらいにショック受けんのも当たり前だって……! ンなことも……気付いてやれなかった、俺……ッ」
まるで自らを責め立てるように声を嗄らし、そう怒鳴る剛の瞳からボトボトと涙がこぼれては、ガードレールを濡らしていった。
長年ツルんできたはずの俺たちが知らなくて、なのにお前は何でも俺たちより上をいってる。
放心した紫月の意識を揺さぶったのもお前。
二人が想い合っているのを知っていたのもお前。
大して付き合いもなかったはずの、ただ隣校で番を張り合ったというだけの間柄のお前がすべてを知っていて、何故俺たちは置いてけぼりなんだ――!
滝のようにこぼれる涙が、まさにそう物語っているようだった。
行き処のない感情が彼を苛んでいるようだ。慰めの言葉など見つかるはずもなく、例え何を言ったにせよ、おこがましいだけだ。
氷川は胸ポケットをまさぐって煙草の包みを取り出すと、少し皺になったそれを口に銜え、そして剛にも一本を差し出した。そんな行動に意表をつかれたかのように、驚き瞳を丸くする彼の口元へと半ば強引に煙草を突っ込みながら、火を点けた。
「近過ぎて見えねえってこともある」
ひと言だけそう言って、深く吸い込んだ煙を吐き出した。
「あいつらが付き合っていたのを知らなかったからといって、お前らが劣っているわけじゃない。それを知っていたからといって俺が勝っているというわけでもない。お前らの絆が薄っぺらかったというわけでもない。傍に居過ぎるから見落としちまうってこともあるんじゃねえのか?」
「……近……過ぎて?」
「――ああ」
お前らの絆がどれだけ強いのかということは、俺にはよく分かっている――まるでそう言っているかのように見つめられて、剛はハタと氷川を見上げた。
視線の位置がほんの少し上の、そんな氷川の頬にはどす黒い痣があり、切れた唇の端には乾いた血の痕が固まっている。先程、紫月が付けた傷だ。
突如あれだけ殴られて尚、何の抵抗もせずに全身で彼を受け止めてくれた氷川の行動の一部始終が脳裏に蘇っては、鮮やかな印象となって心を揺さぶった。
気付けば涙も涸れ、長くなった灰が今にも折れて落ちそうになった煙草だけが視界に飛び込んで――
まるでそれを分かっていたように隣から差し出されたケースの中に、慌てて灰を払って落とした。
「悪い……」
車の雑踏が途切れれば、夏の終わりを告げる虫の音がどこからともなく風にのって響いてくる。
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