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第26話 二十年前、 厳冬――

――その日から三ヶ月が経とうとしていた。頃は初冬を告げるイルミレーションが鮮やかに街を彩り始めたその季節、香港に戻った氷川からも未だ音沙汰のないままに、時間だけが刻々と過ぎていた。剛や帝斗らは暇を見つけては紫月のもとに通いながら、その様子を見守るだけの日々が続いていた。  枯葉の舞う街路樹を見上げながら、ふぅと深いため息が抑えられない。 「氷川の奴、どうしてっかな……?」  紫月の家で久しぶりに帝斗と鉢合わせた剛は、少々言いづらそうにしながらそんなことを口走った。家同士の付き合いがあるこの帝斗ならば、何か事情を知っているかも知れないと、そう思ったのだ。  通夜の日に教えてもらった氷川の電話番号に連絡したことは未だ無かった。だが、あれから数カ月が経とうとしている昨今、一度だけ思い切って掛けたみたのだが、どういうわけか繋がらなかった。まさか適当な偽の番号を置いて行ったなどとは、間違っても思いたくはない。それ以前に氷川がそんな無責任なことをするとも思えない。だが事実繋がらないのは確かなのだ。  よくよく思い起こしてみれば、あれ以来氷川の方からも連絡が来たことなど一度もないということも相まってか、負の方向へと思考回路が働いてしまうのは否めない。訊けばどうやら帝斗のところにも音沙汰はないようで、ここしばらくはやり取りもしていないという。気になるなら父に訊いてみようかという帝斗に、さすがにそこまでしてもらうこともなかろうと、剛はやるせなげに首を横に振ってみせた。  カラリとした冬晴れとは裏腹に、どんよりと重い気持ちを持て余す。それらを慰めるように、何度もこぼれる深いため息を隠せなかった。 ◇    ◇    ◇  その頃、当の紫月は珍しくも一人で外出し、遼二の家を訪ねていた。  見慣れた部屋にたたずみ、窓際に置かれたベッドの淵に腰掛ける。ほんの少し前までは、当たり前のようにここに立ち寄っては、まるで我が部屋の如くくつろいでいたはずの場所が、今は静まり返っている。 『遼二の部屋はそのままにしてあるから――』  いつもの活気のある声が少し寂しげにそんなことを口走る。突然ふらりと姿を現した自分を、少々驚いたようにしながら迎えてくれたのは遼二の親父さんだった。  よく来てくれたね、ゆっくりくつろいで行っておくれよねと、そんな言葉を掛けられながら通された部屋に一歩足を踏み入れた途端に、例えようのない気持ちがこみ上げた。紫月が自ら遼二の家を訪ねたのは、彼が亡くなって三月(みつき)程も経った冬の初めのことだった。  来る日も来る日も代わる代わるに誰かが自分を訪ねて来ては、同じような気遣いを繰り返す。昨日は帝斗と倫周が好物の洋菓子を持ってやって来た。その前の日は剛がライブの誘いがてら、その前は京が会社帰りにふらりと立ち寄っては、両親も交えて晩飯の卓を取り囲んだ。  皆一様に、『どうだい、少しは元気が出たかい?』とでも言いたげにしながら、やさしく当たり障りのない言葉を繰り返す。かれこれもうずっとそんな日々が続いている。遼二を失ったことを気遣って、皆が精一杯自分を気に掛けてくれていることが頭では解っていても、紫月は未だに覇気を取り戻すことができないままでいた。

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