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第27話
ポスリと枕に顔を落とし、その瞬間に立ち上った懐かしい香りに思わず涙がこみ上げた。目頭の奥が激しく痛みを伴う程に潤み出し、堪え切れない悲しみが全身を掻きむしるようだった。
もうお前はいない――
毎日のように訪ねてくる親しい仲間たちの気遣いが、かえってそのことを知らしめるようでもあって、どうにも辛くて堪らなくなる。彼らのあたたかい気持ちをそんなふうに受け取ってしまう自分自身にも、ほとほと嫌気がさしてやるせない。
ほんの少し前までは、このベッドで当たり前のように一緒に寝転がっては、じゃれ合った。つけっ放しのテレビを観流しながら、煙草を吸って菓子を頬張った。会社の愚痴をこぼす遼二の話に笑いながら相槌を打った。
春は窓に浮かぶ朧月夜を見上げながら、
夏には遠くで聞こえる盆踊りの太鼓の音を心地よく思い、
秋の初めには少し肌寒くなった風に身を寄せ合うのがうれしくもあって、
そして冬が来ればストーブの上で沸かしたヤカンでインスタントコーヒーを作るのが習慣だった。
このベッドの上で何度も抱き合い、いつも逸っては余裕のかけらもないセックスに溺れた。
唇を重ね合わせる度に煙草の香りが鼻につき、そのまま舌を絡め合えば、ちょっと苦い味はやっぱり煙草のそれで、そんなキスから始まる行為が当たり前の習慣で、何とも心地よかった。階下の両親にバレないようにと気に掛けながらのそれは、いつも本当に窮屈で、だが今はそんなことがひどく愛しく思えて仕方ない。たまにはラブホに行って思う存分、誰に気遣うことのなく心の底からしてえよなあ、などというのが口癖だった、そんな遼二はもういない。
この部屋に来るのが怖かった。遼二がいないという事実を認めにくるようで、怖くて仕方がなかった。
だが何処にいても、ここに来なくても、その事実を否応なく目の当たりにせざるを得ない。
なあ、遼二――
そろそろ俺もお前の傍に行きたいんだ。そんなことは許されないんだって、頭じゃ分かっているけれど、辛くて苦しくて仕方ないんだ。
忙しい時間を割いてまで気遣ってくれる帝斗や倫周、剛に京。あいつらにやさしくされる度にお前がいない事実を思い知らされる気がする、なんて思っちまう自分が嫌で嫌で堪らねえんだよ。こんな俺はどうしょうもないクズ野郎だって思うけど、自分じゃどうにもならないんだ。
だからもう、お前の傍に行きたい。お前に会いたい。お前の声が聞きたい。お前の手に触れたい。お前の笑うツラが見たい。遼二、遼二、遼二。
頼むからお前の傍にいかせてくれよ――!
窓から覗くどんよりと重い空が、冬の早い夕暮れを告げていた。もうあと一時間もしない内に黒い闇が降りては、辺りを長く冷たい夜が包み込むだろう。まるでこの心をそのままに映し出すような、長い長い闇が舞い降りる。
遼二の家を後にし、トボトボと行き当たりばったりにさまよった。
授業を抜け出してこっそりとサボリに来た古びた神社の祠 にも、
つれづれ歩いた放課後の商店街にも、
何処に行ってもお前はいない。
懐かしさだけがまとわりついて離れない、虚無の世界が重苦しくて仕方ない。
そんな気持ちのままに、繁華街を抜けてラブホテル街に足を向ければ、そこには冬の早い闇が降り立ち、すっかりとネオンの海が広がっていた。あの頃、少し悪いことをしているようでドキドキしながら隠れて通ったホテルの看板が視界に飛び込んでは、堪え切れずに涙が潤み出す。
――なあ紫月、冬はいいよな? だってさ、暗くなんのが早えから、道を歩くのもちょっと安心じゃねえ?――
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