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第30話

「紫月が帰って来ないって……それでお母さん、お心当たりはないのでしょうか?」  知らせを聞いて驚いた帝斗が、倫周を伴って一之宮家の道場へとやって来ていた。  紫月の母親の言うには、剛や京のところへも当たってみたのだが、どちらにも顔を出してはいないという。一昨日の夕刻、遼二の家を出てから行方知れずで、幾度も携帯に電話してみるも、不通で手の打ちようがない。警察に連絡することも考えたが、その前に帝斗のところに一報入れたということらしかった。  彼の両親は酷くうろたえ、慌てていて、特に母親の方はいてもたってもいられないという感じで傷心しきっている。 「とにかく……心当たりを捜してみましょう。彼の行きそうな所とか、遼二君との思い出の場所とか、何でもいい。思い当たることがあったら教えてください」  ちょうど剛も駆け付けて、一同はとりあえず紫月の最後の足取りである遼二の家を起点に、手分けして目撃情報などを当たることにした。  遼二との思い出の場所という観点から、四天学園付近や通学路、放課後によく立ち寄った喫茶店や商店街などを中心に、手当たり次第の聞き込みを続ける。そうこうする内に、駅前繁華街の辺りで紫月らしき人物を見たという情報が飛び込んできた。別ルートで捜していた京からそう連絡を受けた帝斗らは、逸る気持ちを抑えながら彼のもとへと向かった。  もうすっかりと陽も傾き、冬の早い夕暮れが商店街の賑わいと共にやって来る。繁華街の一角で待つ京と落ち合ったのは、辺りがすっかりと闇色に変わった頃だった。  ここから通りを一本入れば、スナックやパブが密集している歓楽街だ。 「あんた方が捜してるっていう男? 多分、おととい俺たちが見掛けた兄ちゃんで間違いねえと思うよ。すっげえ色男のくせに何だかぼんやりしちゃってよー、薬でもやってんのかって思ったんでよく覚えてたんだ」 「そうそう。もっとシャンとしてりゃ、女にモテそうな男前だったよなー?」 「あの店の前でしゃがみ込んだっきり動かねえからさ、具合でも悪りィんじゃねえかって思ったんだけど……どうもそういった感じでもなさそうでよ。なら、あんなとこで何してんだろうって、ずっと噂してたんだよ」  京が見せた紫月の写真に心当たりがあるという職人ふうの男たちが、口々にそんなことを言ってよこす。ちょうどその辺りで工事を行っていたという彼らが、貸店舗のシャッターの前でうずくまっている紫月らしき人物を見掛けたというのだ。だが、しばらくして気付いた時には、もう彼の姿はなかったという。当然のことながら、何処へ行ったかなど分かるはずもない。彼らに礼を述べた後、一同はその行方を追って再び聞き込みを続けることにした。  この辺りは昔からの地形がそのままで、比較的狭い路地が入り組んでいる所だ。歓楽街ということもあって、薄暗い時間帯になればあまり治安がいいとはいえないことでも知られている。ここが地元の剛と京は別としても、一見にして良家育ちのボンボンに見える帝斗や倫周が一緒ということもあって、一同は散り散りに行動することを避けた。 「傍を離れんじゃねえぜ」  客引きのボーイふうの男や、早くも酒で出来上がっているような絡み調子の男たちがチラホラとし始めた通りを歩きながら、京が帝斗らを振り返ってはそう声を掛けた。そして、なるべく人目を避けるように、建物の背面にあたる裏通りを急ぎ足で進んでいた、そんな時だった。ちょうど仮の駐車場か物置き場として使われているふうな空き地の一角から、数人の男たちの怒号のようなものが聞こえてきたのに、帝斗と倫周は驚いたように肩をすくめた。

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