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第31話

 歩を停めて耳を澄ませば、砂利敷きの敷地を踏み荒らすような足音がザクザクと響き渡っているのが分かった。トタン板で造られた背の高い塀がぐるりと取り囲んでいるせいで、中の様子までは窺い知れない。だが幸いそのお陰で、向こうからもこちらの存在には気づかれていないようだ。まあ、ほぼ他人様の私有地に違わないような裏手の通りなど、そこに行き来しているでもなければ滅多に通ることもないのは、付近の者ならば誰もが承知のマニアックな路地だった。  そんな安心感も手伝ってか、どうやら遠慮なしの派手な暴行がなされているような気配で、時折、「ふざけたマネしてんじゃねえ!」などと、荒げた会話が飛び交う様子に、 「面倒事に巻き込まれんのはご免だな。早いトコ、こっから離れよう」  剛は早急にその場を立ち去ろうと、帝斗らの肩を抱き包むようにしてそううながした。だがその直後によぎった聞き覚えのあるような声を耳にした瞬間に、一同はギョッとしたように足を停め、空き地の方向を振り返った。 「……亮治……に、会わしてくれよ……あいつと話が……してえん……だ……」  弱々しく掠れてはいるものの、永年ツルんだ親友の声を聞き間違うはずもない。剛と京はそんな面持ちで、互いを見つめ合った。そして確信を得る為に塀に張り付き、身をひそめては、もう一声に聞き耳を立てる。 「っるせーッ! ナマほざくんじゃねえっ!」  ガツンッ、という鈍い音は思い切り蹴りを食らったような痛々しさがにじみ出ていて、見ずとも暴行の様子が窺えるようだった。悠長にしている余裕などないというのは承知だが、万が一、人違いだった場合のことを考えると、慎重にならざるを得ない。固唾を飲む彼らの耳に、また一声、苦痛を抑えながら弱々しい言葉が空を舞って届いた。 「……頼むから、亮治に……会わして……」  間違いない。紫月の声だ。  それを聞き分けた途端に、いてもたってもいられないといったふうに、倫周が狂気の声を上げた。 「紫月君ッ!? あの声、紫月君だよねッ!?」  それより何より『りょうじに会わせてくれ』とはどういうことなのだろうか。聞いただけではそれが『遼二』のことなのか、はたまた全くの別人を指す『りょうじ』という誰かのことなのか、見当など付くはずもない。暴行されているのが紫月だとするのならば、ついぞ遼二が亡くなったことも理解できなくなってしまったのだろうかと、酷く心がざわめき立ってならない。まさに、なり振り構わずそちらへと走り出そうとした倫周の肩を、剛と京が慌てて引きとめた。 「バカッ! むやみに突っ込むんじゃねえ……って!」 「でもッ……!」  早くしないと紫月君が大変な目に遭ってるんだから、と焦燥感をあらわにする倫周を抑えながら、剛は言った。 「いいから! ここは俺と京で行く。お前らはこのまま表通りへ引き返して警察に通報しろ。さっきの工事のおっさん達の居た辺りまで戻れば人通りも多いし、誰かに交番の場所訊けばすぐ分かるから」 「けど……ッ」 「黙って言う通りにしろ! このままお前らまで盾に取られたりしたら、分が悪りィのは見え見えなんだ」  剛と京の二人に同時にそう言われて、倫周は逸る気持ちを抑えるように、グッと唇を噛み締めながらも、コクリと素直に頷いた。  だが、時は既に遅しといったところだった。  騒ぎ声を聞きつけて、男たちの内の一人がトタン板で囲まれた塀の入り口から様子を見に顔を出したのだ。 「何だ、てめえら――!」  バッチリと視線が合い、そうどやされて、倫周は肝っ玉の縮まったようにビクリと肩をすくめた。

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