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第32話

 見たところ、一目で堅気ではないと分かる風貌の男は、この界隈を取り仕切る何処ぞのヤクザ者だろうか。  高校時代には、遼二や紫月を筆頭に、不良グループなどと言われて番格扱いをされてきた経緯のあれども、隣校の高校生同士でイキがり合うのとはワケが違う。剛と京はそんな思いで強張った互いの表情を見つめ合っていた。本物のヤクザを相手に喧嘩を売った買ったなど、当然あるはずもなかった。  だがもう、こうなれば仕方がない。攻撃は最大の防御の名のもとに肝を据えるしかなさそうだ。 「……チッ、ツいてねえな」  とにかく、帝斗と倫周だけには手を出されるわけにはいかない。先ずは自分たちが先陣を切って場を撹乱し、隙を見て紫月を連れてこの場から逃げられれば御の字だ。剛と京は覚悟を決めたような苦笑いを漏らすと、平静を装い、男の方を目掛けて歩を進めた。  狭い入口から空き地の中を窺えば、そこには三人くらいの男が地べたに這いつくばった一人を取り囲んでいる。暴行を受けているのは確かに紫月で間違いなかった。  様子を見に出てきたこの男を合わせれば、相手は四人――勝ち目は薄い。まあ数だけならば帝斗と倫周を足せば四対四の同数だ。紫月がマトモな状態ならば五分五分といったところだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながらも、場の雰囲気に圧倒されて気もそぞろ気味の剛の脇腹に、いきなり蹴りが飛んできた。 「……ッぐはっ……」  吹っ飛ばされるように砂利の上に転がされた剛を庇うように、京が慌ててその側へと屈み込む。男たちはしばし紫月を放って二人を取り囲んだ。 「なんだー、てめえらは? どっから湧いて出やがった! 興味本位でウロチョロしてやがると怪我すんぜ!」  だがまあ、現場を見られた以上、このままタダで帰すわけもなかろうといった薄ら笑いを浮かべながら、今度は京の髪の毛をグシャリと鷲掴みしては脅しをかました。 「ちょっ……待ってください……! 俺ら、そいつのダチなんだ……」  慌ててそう叫んだ京の言葉に、男たちはニヤけまじりで眉を吊り上げた。 「ダチだー?」 「……ッ、そう……ッス! そいつが何したのか知らねえけど……暴力はよしてくださいよ」  必死に下手に出ながらそう懇願する京の傍らで、剛も脇腹を押えながらようやくと視線を上げて男たちを見やった。  ナリだけは長身揃いでガタイもそこそこな二人だが、ヤクザふうの男たちに取り囲まれて、その実は心臓がバクついているのは隠せない。無意識にブルリと肩を竦めながらも、必死で頭を下げんという彼らの心中を面白がるように、男たちはますますニヤけた口元を歪ませた。 「へっ、ダチだってよー。こいつぁ、面白れえこと抜かすじゃねえか。で、わざわざご丁寧にお迎えにでも来たってか?」  男らの内の一人が片腹痛いとばかりに呆れ半分にそう言えば、 「だってよー? どうする兄ちゃん? てめえがいつまで意地張ってやがると、おトモダチまで痛え目に遭ってもらうことンなるぜ?」  もう一人が砂利の上で苦しそうに横たわっている紫月の顎を乱暴に持ち上げながら、そう言っては高笑いした。 「お……前ら、……な……んで……」  剛と京の二人に気付いた紫月が、ようやくの思いで顔を上げ、苦しげにそれだけを口にした。  どうしてお前らがこんな所にいるんだ――  おぼろげに霞む瞳を無理矢理こじ開けて、目の前の現実を見ようと踏ん張れども、どうにも身体がいうことをきかないらしい。散々に殴る蹴るの暴行を受けたこんな状態では思考も儘ならないのだろう。剛と京がどうしてここにいるかという以前に、紫月にとっては、自分とて何故こんな所で惨めったらしく転がされているのかもよく理解できていないというのが実のところのようだった。 「剛……、きょ……京……」  懸命に呼び掛けようと口を開くも、鈍い痛みが全身にまとわりつき、まるで酷く重たい手枷足枷をくくり付けられているようで、身動きの取れない放心状態に近い。

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