33 / 146

第33話

「紫月……ッ!」  うずくまったままがやっとの紫月の様子に逸るように、剛と京が大声でその名を呼び掛け、あわよくば側に駆け寄ろうと片膝を立てたその時だった。 「おーっと! 勝手に動くんじゃねえよ」  男たちにむんずと髪を掴まれて、二人はその場に拘束されてしまった。 「せっかくだから、おトモダチからもその兄ちゃんに言って聞かしてくれると有難てえなあ?」  ニヤニヤとしながらもドスのきいた声色で、男が剛らを見降ろした。 「そいつはなー、とんでもねえ不始末をしでかしてくれてよ。客を殴って一騒動起こしやがったのよ」 「……客……?」 「ああ、そうさ。初めててめえを買ってくれた有難てえお客様のタマに蹴りくれやがったのよ」 「な……!? ……タ、タマ……って」 「客の急所を思いっきり蹴飛ばしやがったんだ! とんでもねえクズ野郎だろうが!」  男は剛を後ろから羽交い締めにしながら、顎をギュッと掴み込んで、少しでも歯向かおうものならその顎を砕くぞとばかりの勢いで事の成り行きを口にした。 「こいつはな、行く宛てもなく街ン中で野垂れ死にそうになってたとこを、俺らの兄貴に拾ってもらったのよ。飯も食わしてもらって、挙句二晩も暖ったけー寝床まで用意してもらってよ? その代償にちっとばかし働けって言やぁ、とんだ悪態つきやがる。あんたらのおトモダチってのはしょーもねえクズ野郎でね、こっちも困ってんだよ」  なるほど。それで納得がいった。紫月が二晩も帰って来なかったのはそういうわけだったのか――  一昨日の夜、さっきの工事現場の親父さんたちが見掛けた場所でこの男たちに拾われて、厄介になっていたということだろうか。おそらく紫月は遼二の家を出た後、呆然としながらこの辺りをフラついていたのだろう。隙だらけの様子に目を付けられて拾われて、甘い言葉で餌付けでもされたわけか、見なくてもそんな様子が脳裏に浮かぶ。  この男たちの話し向きから想像するに、その代償として彼らの息の掛かったこの界隈の店で仕事を無理強いされたという経緯で間違いはなさそうだ。  だが、紫月が女ならばまだしも、男の彼にどんなことをさせようとしたというのだろう。店だの客だのという言葉じりから察するに、ボーイかホスト、あるいはウェイター。  そこまで考えたところで、ふと或る思いがよぎって、剛はハッと瞳を見開いた。 (まさか、身売りとか――?)  その思いを裏付けるかのように、自らを拘束していた男がニヤニヤとしながら先を続けた。 「年頃から見ても初物で高値が付きそうな上玉だ。傷モンにしちまったら値が下がるといけねえって、亮治の兄貴も手出ししねえで食指舐めてたってのによー」  いやらしさのまじった笑みを憎々しく歪ませながらそう言う男の口元には、不揃いにぼちぼちと生えた髭が妙に視界を揺さぶり、言いようのない恐怖と不快を色濃くしていく。しかもまたぞろ耳にする『りょうじ』というのはいったい誰のことなのだ。 (くそ、どうにもワケが分かんねえ。遼二のことをいってるんじゃねえのか?)  困惑気味の剛らをよそに、男たちの方は仲間同士で談笑をし始めた。 「あの好きモンの兄貴が据え飯に手ェ付けなかったって代物だ。まあ確かにそれなりの面構えはしてるみてえだけどな?」  紫月の背中を靴底で転がしながら、品のない笑い声を上げて、そう相槌を返した。 「だからって調子コキ過ぎなんだよ! 如何にド素人の新人だろうが、客のタマ蹴り飛ばすなんざ、太えにも程があるってんだ」 「まあ、こんなことなら亮治の兄貴も我慢しねえで、逆にどっぷり仕込んでから店に出しゃ良かったですよねぇ?」 「はは、違えねえな」

ともだちにシェアしよう!