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第35話

「……や、めろ……よせ……」  目の前の倫周を庇うように手を伸ばし、必死の思いでそう吐き出された紫月の言葉を踏み散らかすように男たちは笑った。 「ああー!? 何ー!? 聞こえねえなあー!」 「……めろって、言って……んだ……そいつ……に、手、出すんじゃ……ねえ」 「手ェ出すなだと!? 今更正義感ぶってんじゃねえよ! だったら最初っからおとなしく客に抱かれてりゃよかったんだ!」 「そうそ! この可愛いおトモダチがこんな目に遭わなきゃなんねえのも、元はと言や、全部てめえのせいだからなー?」  ゲラゲラと響く品のかけらもない笑い声に、心の深いところで何かが吹っ飛び、切れるような気がしていた。 「……せ! ……よせっつってんだ……ッ!」  死力を振り絞ったような大声で、紫月はそう怒鳴った。その言葉に、倫周を組敷いていた男たちが一瞬静まり返り―― ◇    ◇    ◇  空を見上げれば、すっかりと降り切った闇の中に、細い月が弱々しくも冷たい光を放っている。  舞い上がる白煙はそれぞれの吐く白い息、それらが真冬の夜の凍りつくような寒さを物語る。  ぼんやりとそんなことを考えていたのはほんの僅かだったのだろうか――  おぼろげな視線だけを空に向けながら転がっている紫月の視界に、今までの遊びまじりとは違った真顔を引きつらせた男の表情が映り込んだ。 「だったらてめえがこの子の代わりになるってか? 亮治の兄貴にもしつけえくれえ言われてたから、丁寧に扱ってやりゃ図に乗りやがって……!」  まるで甘やかし過ぎたなと言わんばかりに男は紫月の襟元をすくい上げると、グイと髪を掴みながら、思い切り頬に張り手を食らわせた。 「……ッ痛……ぅッ……」 「お望み通り、この子に手ェ出すのはやめにしてやる。そん代わり、てめえの不始末はてめえで責任取れや」  紫月の頭上に短い言葉を吐き捨てると同時に、自らの仲間に向かって顎先を振って見せた。 「犯れ――」  その言葉を合図に羽交い締めにされ、泥まみれの紫月のシャツが男たちに引き裂かれ、毟り取られて、砂利の上に放り投げられた。  抵抗する力などとうに残っているわけもない。いきなり連れて行かれた店とやらで、突如男色の客の相手を無理強いされた。冗談じゃねえと逆らったら、間髪入れずに殴り飛ばされた。道場育ちで少々腕が達つことがかえって仇となり、数人掛かりでなり振り構わず殴られた。パイプ椅子に掃除用のモップ、カウンター横に置いてあった花瓶、そのすべてが武器にされて自らに襲い掛かってきたのは、ほんの少し前のことだ。その後、店の裏手のこの空き地に引きずり出されて、更に袋叩きに遭った。  遠く近くなる記憶の中で、誰かが「ツラに傷を付けるんじゃねえぜ」などと言っていたのが思い出される。自分は一体、こんなところで何をしているというのだろう。気の良さそうな男に声を掛けられて、温かいうどんを食わせてもらったのがついぞ数日前のこと、彼は名を亮治と名乗った。にこやかでやさしい男だった。ついつい寄り掛かりたくなるような、ついついほだされてしまいそうになる、そんな男だった。そんな彼に親切にされて、寝泊まりしていたのはつい昨夜までのこと。おぼろげな記憶が脳裏を巡る。 「へえ……やっぱツラに似合いの極上モンじゃねえの」 「生意気なのもこうなりゃ逆にソソる――」  ゴクリと喉を鳴らす男たちの視線が自分を囲んでギラギラと捉えている。彼らがこれから自分をどうしようとしているのかも、頭では何となく解っていても、どうにも身体が動かない。

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