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第36話

 そういえば剛の声がしていた。京の声も、帝斗の気配も――  そしてこいつ、倫周までもが何でこんなところに居やがるんだ?  え、今、何て言った――?  よく聞こえねえよ。  倫周が耳元で何か叫んでやがる。ぎゃあぎゃあと甲高い声を上げて叫んでる。  はっきりいってうるせえよ。耳に響くんだよ、お前の声は。  それにしてもやけに身体がスースーしやがる。寒い、寒くて堪らねえ――  ついでに眠い。頭がぼうっとして、目の前が霞んで、何も見えなくなりそうだ。 「寝ちゃダメだっ! 紫月君ッ! しっかりして、目を開けて! そんな人たちにヘンなことされたりしたら……ッ、遼二君が悲しむじゃないかっ……!」  耳元で狂気のように叫ばれたその言葉に、紫月はハッとしたように瞳を見開いた。  遼二君が悲しむじゃないか――  そのひと言が、まるで乾季に水をもたらすかのようにみるみると心の中で広がっていく。暗い土の中からぐんぐんと地上に降り注がれる水を求めて這い出るように、目の前の闇が取り払われていく。忘れ掛けていた大切な何かが全身を潤すように、身も心も、そして意識までもがはっきりとクリアになっていくのを感じていた。  だがその一方では、男たちが倫周の叫びに不機嫌極まりなく眉を引きつらせていた。 「こんのガキがッ! ひよっ子だと思って甘くしてりゃいい気になりやがって」  小生意気なことを抜かしやがるとばかりに倫周の首根っこを掴み、少々痛い目を見せてやらんと拳を振り上げたその時だった。 「僕を殴る気っ……!?」  か細い身体を恐怖に震わせながらも、キッとした意志の強い瞳で当の倫周が男たちにそう浴びせかけたのに、僅かながらもその場が静まり返った。 「おじさんたち、こんなことして楽しいの!? 紫月君を殴って、皆を殴って、今度は僕を殴ろうっていうの!? 殴りたければ殴ればいいよ。でも……紫月君にこれ以上ヘンなことしたら許さないから……ッ」  大真面目な顔で必死にそう食らいついてくる倫周に、男たちは呆気にとられ、しばしは誰もがポカンと硬直気味でいたが、その唖然とした表情が次第に嘲笑の高笑いへと変わっていった。 「は、はははっ、何だコイツ! 小っせーガキみてえなこと抜かしやがる! マトモに相手してたらこっちの方がイかれちまいそうだぜ!」 「なあ、僕ちゃん? どこのお坊っちゃん育ちか知らねえが、あんまし世間様をナめてるってーと、シャレんなんねーぜ?」  高笑いをしていた男たちの顔が下卑た怒りまじりの表情に変わり、いい加減相手にするのも面倒だと倫周の脇腹目掛けて男の一人が蹴りを食らわせようとした時だった。 「僕は絶対許さないからッ……! 紫月君は遼二の大切な人なんだ……っ! 誰よりも大事で、何よりも大切で……」  ”りょうじ”という名を耳にしてか、男たちの間に一瞬の戸惑いがよぎったふうだった。 「紫月君に何かあったら遼二が悲しむもの……」 「……んだー? このガキ……? りょうじ、りょうじって、兄貴のこと知ったふうな口聞きやがる……」  誰しもが怪訝そうに眉をしかめては首を傾げる。その傍らで、倫周は必死に男たちから紫月を庇わんと、震えながらも立ち向かうのを諦めずにいた。  そうだ、遼二がどんなふうに紫月君を想っていたか、僕は知ってる……。  熱っぽい瞳で、甘苦しい表情で、紫月君への想いを照れ臭そうに口にしていた遼二の姿を僕はよく知ってる。紫月君のことをこの世の誰よりも……愛してたんだってことも全部知ってる……。その紫月君に何かあったら遼二に何て言えばいいんだ……!  あんなに純粋で、きれいな気持ちを踏みにじるなんて許さない。絶対にそんなことさせない。だから……だから僕は……何があっても紫月君を守るよ……!

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