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第37話

「紫月君にこれ以上酷いことしたら許さないから――ッ!」  華奢な身体ごとを盾にして、細い両腕を目一杯広げて、目の前に立ちはだかる倫周の姿を目にして、男たちは無論のこと、それ以上に紫月はひどく驚き、みるみると瞳を見開いた。  もともと喧嘩っ早い性質でもない、どちらかといえばおっとり穏やかでのんびりした調子の倫周が、今現在、どんな思いでこうしているのだろうかなどと、そんなことは想像せずとも容易に理解できる。恐怖におののく自身を奮い立たせ、精神の限界まで踏ん張って、きっと気力だけでそうしているのだろう。それなのに俺はいったい何をやっているんだ――呆然とそんな思いが脳裏をよぎったのとほぼ同時だった。  ふと、必死の倫周の脇に寄り添うように現れた光の塊のような存在が気になって頭上を見上げれば、そこに懐かしく愛しい男の幻影が浮かび上がったのに、更に驚き、紫月はガバッと身を起こした。  こいつの言う通りだぜ? なあ紫月よ――  お前、こんなトコで何やってんだ?  剛に京、それに帝斗、大事な仲間をボロッカスにされて、弱っちい倫周にまでこんなことさせて、その上てめえまでこのチンピラ共にくれてやるつもりか?  そんなの、俺はぜってー許さねえぜ?  いい加減、気付けよ紫月。いつまでも逃げてねえで、しっかり現実を見るんだ。こいつらの、そして俺の気持ちに気付いてくれよ――!  何よりもお前が大事だって想う、誰よりもお前を愛してるのは変わらない。どこにいたって、例え目に見えなくたって、触れ合えなくたって、お前だけを案じてる俺の気持ちに、勇気を出して向き合ってくれないか?  少し切なげに、だがとても穏やかに微笑みながらそう問い掛けてくるのはまぎれもない唯一人の姿だった。在りし日をそのままに、何一つ変わることのないままに、やさしく自分を見つめる遼二の姿だった。  突如目の前に浮かび上がったその幻に、身体中の血が逆流するように熱く何かが駆け巡る。この空き地の砂利を踏み荒らす男たちの靴音も、冬の寒空の凍てつく冷気も、すべてがはっきりと鮮明になっていくのを感じた。 「いい加減、そのガキを黙らせろッ!」  我に返ったと同時に耳に飛び込んできたそんな言葉と共に、倫周に向かって飛んできた拳を寸でのところで振り払った。無意識に繰り出した紫月の動きが男の攻撃をとらえたのだ。  ギロリと男を睨み付け、 「こいつに……手ェ、出すんじゃねえ……」  意志のある低い声がそう言った。 「ッ!? 何――ッ!?」  咄嗟のことに男の焦った声が(くう)を舞い、と同時に何かに突き動かされるように、男たちを次々に地面へとねじ伏せた。  ハァハァと荒い吐息と共に紫月は肩を鳴らし、すぐ傍では何が起こったのかという表情で驚く倫周の横顔がぼんやりと揺れていた。ふと視線をやれば、少し離れた砂利の上で剛と京、そして帝斗が無残に転がされながらもこちらを必死で気に掛けている様子が視界に飛び込んできた。脇腹を抱え、懸命に起き上がらんと這いずる勢いで彼らがこちらを見つめている。  そこには遼二の幻が言った通りの光景が目の前に広がっていて、紫月は傷付いた身体に鞭を打つようにその場に踏ん張り、立ち尽くした。  あと二人――  たった今、この場で打ちのめした男たちを除けば、残りは二人だ。剛たちを見張るような位置で立ちすくみながら、こちらを睨み付けているあの二人を何とかすれば一先ず乗り切れそうだ。  だが、無意識にそんなことを脳裏に巡らせていた紫月の視界に映ったのは、予想だにしない展開だった。仲間を打ちのめされた男らが、怒り任せにその懐から取り出したものは鈍色に光る鋭い切っ先、短刀を携えてこちらに突進してくる姿が、まるでスローモーションのように襲い掛かってきたのだ。

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