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第40話

 紫月は無論のこと、その場にいた誰もが驚いたように氷川を見つめ、何一つ返答の言葉すら儘ならない。  当の氷川は慌てるでもなく、それどころかつっけんどんな言葉とは裏腹に、自らが羽織っていたコートを脱いで紫月を包み込むように掛けてやりながら、 「てめえが死んじまった後、いつまで経っても立ち直れねえでいるお前を見て、カネは内心すげえうれしいだろうよ?」  苦笑気味に、意表を突くようなことを言ってのけた。 「……な、……ど……ういう意味……?」 「だってそうだろ? いつまでも自分を忘れない。いつまでも自分だけを想ってくれてる。死んじまって尚、ずっと想い続けてもらえるなんて、たまらなく幸せだろうぜ」  氷川の真意が解らなくて、紫月は強張った表情のまま彼から目をそらせずにいた。まさか氷川が本心からそんなことを言っているわけもないだろう。だとしたら何だというのだ。  困惑を他所に、その後に続けられた氷川の言葉に、紫月はより一層その表情を強張らせた。 「けど、同時にすげえ心配でもあるだろうよ? てめえがいつまでも落ち込みっ放しじゃ、さっきみてえな悪い手管に目を付けられたり、引っ掛かったりすることもあるだろう。そういった現実的なことも無論だが、いつまでも哀しそうなツラを見てるのも、それはそれで辛い。けど自分じゃ何もできねえのは重々承知だ。歯がゆくて切なくて、悔しくて堪んねえだろうな、カネは――」  だからさ―― 「だから帝斗や倫周、それに清水に橘、ダチだったこいつらに一生懸命訴え掛けるんだ。紫月の傍にいてやってくれねえかって。もしも暇があったらあいつのもとを訪ねて様子を見てやってくれねえかって。俺がいなくてもちゃんとやっていけるよう、お前らで面倒見てやって欲しいんだって。そんなカネの気持ちが痛い程分かるから、こいつらはお前を訪ねて来るんだぜ? 代わる代わるお前の家に顔を出しちゃ、様子を見に行くんだ」  まるで遼二の気持ちを代弁するかのように語られたその言葉に、誰もが瞳を見開いた。誰もが紫月を気遣いながらも、『その通りだよ』というように瞳を細める。だが、当の紫月だけはそんな思いを振り払わんばかりの勢いで、目の前の氷川に食って掛かった。 「だったら……ッ、てめえは何なんだよッ!? 解ったようなことばっか抜かしやがって、一度だって俺に会いに来たこともねえくせにっ!」  詰るように怒鳴った。と同時に、双眸からは大粒の涙がこぼれ落ち――  風に舞ったその滴ごと受け止めるように、氷川は紫月の頬へと手を伸ばした。 ◇    ◇    ◇ ――そういうお前は、今の今まで何処で何をしてたっていうんだ――  たった今、売り言葉に買い言葉のようにして、偶然にも紫月が投げつけた疑問だったが、実のところそれが気になって仕方なかったのは、側にいた皆も同様だった。特に氷川本人と固い約束を交わしたつもりでいた剛にしてみれば、その気持ちは誰よりも強かったに違いない。 「悪かった……。本当はもっと早くに帰ってくるつもりだった。だが、俺がそういう意志を伝えようとした時に、ちょうど親父が狙撃を受けたんだ」  氷川は済まなさそうに伏し目がちにしながら、その理由を口にした。  その言葉に紫月はもとより、皆は滅法驚いたという表情で、しばしは誰もが硬直させられてしまった。

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