41 / 146

第41話

「幸い親父の怪我自体は軽傷で済んだが、それを庇った兄貴が意識不明の重体になっちまってな。二人を狙った対立組織をぶっ潰すのに今日まで掛かっちまった」  早く来てやれなくてすまないとでも言うように、氷川は紫月の頬を撫で、そこに伝った涙の痕をそっと親指で拭ってやりながらそんなふうに謝罪した。紫月は呆然としたまま、されるがままで氷川を見つめ、あまりの驚きにすぐには返答の言葉も詰まって出てこない。皆も同様だった。  そもそも、そんな状況ならば他人のことを気に掛けている暇などないだろう。 「なら、尚更じゃん……何でこんなトコにいるわけ……? んな、大変な時に……」  何でわざわざ俺の為になんか――!  しどろもどろになりながらも困惑した表情でそう問う紫月に、氷川は言った。 「お前のことが気になって堪らなかったんだ」  まるで当たり前のようにそう言った。  真っ直ぐな瞳は嘘を言っているとは思えない。冷やかしでも冗談でもなく、これが氷川の本心なのであって、それ以上でも以下でもないというのが、迷いのない言葉じりからでもはっきりとそう窺える。 「……んなの、俺のことなんか……」 「カネを亡くしたお前がどんな気持ちでいるかなんて、訊くまでもない。いっそヤツの後を追って死んじまいてえくらいだったろうぜ。だから傍にいたかった」  それはせめてもの慰めにという意味なのだろうか。それとも後追い自殺でもされたら困るという懸念からなのか、どちらにしろ紫月にとっては堪らない気持ちにさせられるものに違いなかった。  恐らくは剛や帝斗たちも同じような理由で代わる代わる自分を訪ねてくるのだろう、その気持ちが有難い反面、気遣われることで遼二を失った現実を思い知らされるのも事実で、そのたびに行き処のない痛みを持て余す。仲間たちの厚意をそんなふうに思ってしまう自分も嫌で、だが混沌とした気持ちをどこへぶつけていいやら分からない。  苦しくて仕方なくて、すべてがどうでもよく思えてくる。この世に今以上の苦渋など有り得ないと思うのも事実だった。 「俺、ヤなんだよ……そーやって気を遣われんの……」  しぼり出すように吐き出された紫月の言葉に、剛ら、その場にいた誰もが不安そうに彼を見やった。 「そりゃ、お前らの気持ちは有難えよ……けどそーやって俺ン家に来てくれるお前らの顔を見る度に、遼二……が、もういねえんだってことを念押しされてるみてえで……辛えんだ」  その言葉に帝斗ら皆の表情が哀しげに曇る。 「ンなの、俺の我がままだって分かってる……せっかく気ィ遣って来てくれてんのに、酷えこと言ってるって分かってるよ……! けど、どーしょーもねえんだッ、お前らの顔を見るたんびに、どーしていいか分かんなくなる……。はっきりいって余計な節介だなんて、そんなこと思ってる自分にも反吐が出る。放っておいてくれた方が楽なんだよ……ッ!」  そうだ、さっきだってあのままあのチンピラ共に殺されてしまっても構わなかった。助けになんか来て欲しくなかった。俺なんてどうなろうと放っておいてくれた方がマシなんだ――!  まるでそう言いたげに唇を噛み締め、拳を握り締めながら紫月はうつむいた。  誰もがやりきれない思いに視線をそらし合い、倫周などはもう堪え切れずに大きな瞳いっぱいに涙を溜めていた。 ◇    ◇    ◇  紫月の気持ちは痛い程に理解できる気がした。彼の言葉通りに、互いの顔を見ただけで遼二を思い出し、そして彼がもういないのだということを何度でも確認し合うようで辛いのは誰しも同じだからだ。  だが、それを分かった上ででも、どうしても紫月を放っておくことができなかったのだ。会いに行けば彼が辛い思いをするだけだと重々知ってはいても、彼がどうしているかが気になって気になって仕方ない。そんな気持ちを抑え切れずに訪ねては、様子を窺い、結果、辛い思いをえぐり出すだけだと分かっていてもやめられないのだ。

ともだちにシェアしよう!