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第42話

「俺、こんな……クズ野郎なんだ。だからもう気を遣ってくれる必要なんてねえんだよ……頼むからもう……」 ――構わないで欲しいんだ。  あるいは放っておいてくれ、だろうか。さすがに語尾の音を飲み込むように、紫月は唇を噛み締めた。代わりに頬を伝う涙が止め処なくあふれては、それを拭う為に添えられていた氷川の指先を濡らす。堪え切れない嗚咽を必死に隠さんとうつむきながら、だが一度セキを切ってしまった涙は抑えがきかないようで、そんな姿に皆も切なさがこみ上げてならない。 「――それでいいんだ」  氷川は先程掛けてやったコートごと紫月の肩を抱き寄せると、意外な言葉と共に強い抱擁で自らの腕の中に抱き締めた。 「それでいい。何も我慢なんかする必要ねえんだ。思ってることをそのまま、何でも遠慮しねえでぶつけてくればいい。俺らと顔を合わせることでカネを思い出して辛いなら、正直にそう言えばいい。哀しくて抱えきれないなら思い切り泣けばいい。全部受け止めてやる。俺たちが全部――」  耳元に囁かれるのは、穏やかでありながらもはっきりとした口調の力強い声音だった。抱き包まれた懐はあたたかく、それは在りし日の遼二のぬくもりにも似て、不思議な安堵感が湧き上がる。思わず流していた涙を一瞬忘れてしまう程に、懐かしい空気に包まれるのを感じていた。 「一之宮、何でも一人で抱え込むな。俺もお前もいつかは死ぬんだ。ここにいるこいつらだって同じだ。遅かれ早かれこの生を全うすれば別の世界にいく。カネは俺たちよりもほんのちょっと先にそっちの世界に行っちまっただけだ。いつか必ずまた会える」  またぞろそんな慰めのようなことを、とそう思ったのは束の間、その先に続けられた氷川の言葉に紫月は大きく瞳を見開いた。 「どうせなら胸を張ってヤツに会いてえって、思わねえか? さっきみてえなくだらねえことで命を落としたとして、お前どんなツラでカネに会えるってんだよ? あいつに会って、何のわだかまりも後ろめたさもなく胸を張れるか? どうせならちゃんと全うして、堂々とあいつに会う方がいい。俺はそう思ってる」 「……氷……川……?」 「カネは俺の大事なダチだからよ」  短いそのひと言に、紫月は驚いたように氷川を見つめた。 「お前とは思いの違いはあるにしろ、カネは俺にとってもかけがえのない存在だった。俺はあんまり仲良くツルんだ仲間なんてのはいなかったに等しいが、あいつは別格だったんだよ。桃稜を卒業して香港に帰る前にあいつと交わした約束や、在学中にあいつとタイマン張ったことも、全部誇れる思い出だ。だからこそ今度あいつに会う時に後ろめたい気持ちなんか引きずっていたくねえ。堂々と笑って拳を交わしてえじゃねえか」 ――そうだ、卒業式の日にあの河川敷でそうしたように、何の憂いもなく心から笑い合いたい。

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