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第43話

 だから俺は今のこの辛さを乗り越えてみせる――、まるでそう言うかのような真っ直ぐな意志をたたえた眼差しが、わずかに潤んでいるように思えたのは幻か。まるで想像もしていなかった氷川の意外な気持ちを聞いて、紫月は驚きのあまり涙も止まるような心持ちでいた。  と同時に今まで抱え込んでいた真っ暗闇の泥の中でもがいていたような気持ちが、ほんの僅かだが和らいだように思えて、不思議と安堵感に包まれるような気がしていた。  そんな思いを肯定するような氷川の言葉に、再び胸が熱くなり、そしてまた一粒、抑え切れなくなった涙が頬を伝う。 「お前は独りなんかじゃねえよ。俺もお前とまったく同じ気持ちだ」 「……氷川……?」 「カネを失って辛くて苦しくて、寝るのも起きるのも怖えくらい毎日が不安で堪らなかった。こんな気持ちを誰に話してどこにぶつければいいんだって、のたうってた。その度にお前の顔が浮かんでくるんだ。お前はどうしてんだろうって、会って何でもいいから話がしてえって、そう思った。いや、別に話なんか必要ねえ、ただ傍にいてツラを見るだけで安心できるような気がしてた」  再びコートごとの肩を抱き寄せてそう言った氷川の声は、少し胸に詰まるようなくぐもった感じで、それは必死に涙を堪えているようにも受け取れた。  それだけで充分だった。一見、何ものにも動じないふうに見えるこの男が、こんなふうに切羽詰まったような声を震わせてくれる。こんなにも遼二を思ってくれている。それを目の当たりにするだけで、一切の気持ちが楽になっていくように思えて、いつしか紫月も自らを包む氷川に応えるように彼の背中へと腕を回していた。 「俺だけじゃねえ、ここにいる皆も同じ気持ちだったろうぜ」  その言葉に顔を上げれば、剛や京、帝斗に倫周もその通りだというようにうなづいては、皆一様に瞳を潤ませていた。  月明かりに照らされたそれぞれの姿はズタボロで、頬や服は土埃りと赤黒い痣で汚れていた。だが、そんな痛みも含めてすべてを分かち合おうと言わんばかりなのが、何も言わずとも分かるようで、堪らない思いに紫月は一層強く氷川にしがみついた。 「ご……めんッ、済まねえ、皆……」  ホントにごめん――!  それ以上は言葉にならず、まるで今まで抱え込んできたものすべてを流し出すように紫月は泣いた。  自らを抱き包む氷川の腕の中で、悲しみも不安もすべてをひっくるめた嗚咽を隠すことなく、声を上げて泣きじゃくった。  そんな彼を見つめる皆の頬にも同じように幾筋もの涙が伝わって、だがそれは今までのような苦しく辛いだけのものではないということを、誰もが確信していた。  切なさの中にも安堵の微笑()みが混じることにホッと胸を撫で下ろす。  そんな一同をやわらかな月光が照らし出す。  ふと空を見上げれば、月明かりと共に遼二が微笑んだ気がした。

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