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第45話

「そうか。じゃあ尚更大切にしねえとな」  そう、お前ら二人が選んでくれたんだから――まるでそう言うように瞳を細めた氷川の横顔をチラりと見やりながら、紫月はうれしそうにうなずいた。そして、思い付いたようにポケットから携帯電話を取り出すと、おそらくはメールなのだろう、器用に指を滑らせて何かを懸命に打ち込んでいる。 「何だ。メールか?」  もらったばかりの黒革の手帳を丁寧にギフトボックスへと戻しながら、氷川はそう声を掛けた。 「まあな、ちょっと」  若干楽しそうにそんなことを言う彼は、近頃ではめっきり落ち付いて、以前よりは覇気の無く感じるものの、ほぼ自身を取り戻したのだろうと窺えるふうだった。  視線は画面から動かすことなく、それでも紫月はやわらかそうな笑みと共に意外なことを口走った。 「遼二にな。ちょっと報告がてらメール」 「カネに――?」  その言葉に氷川は少し驚き顔で隣を見やると、覗き込むように画面へと視線をやった。 「遼二の親父さんがさ、まだあいつの携帯解約しないで持ってくれてんだよ。だから時々こーして打ってんの」 「へえ」 「特に今日はお前と二人だから。遼二のヤツが気を揉んでんじゃねえかって思ってよ」 「――?」 「ほら、あいつヤキモチ焼きだから」  クスッと軽い笑みと共に紫月はそう言った。 「前にお前とタイマン張り合った時のこと、覚えてんだろ? あン時、お前が俺に妙なちょっかいの出し方したのを結構根に持っててよ。あれ以来、氷川は油断ならねえってよく愚痴タレてたからさぁ……」 「妙なちょっかいってのはアレか。俺がお前を抱こうとした例のやつか」 「……ッ、抱……っ、ってなあ……、てめ、よくそーゆーこと平気で……」  苦虫を潰したように眉をしかめながらも、ほんのり頬を紅に染めて焦る様子が可笑しくて、氷川はクスッと笑みを漏らした。  その時のことはよく覚えていた。まだ桃稜学園に在学中のことだったが、埠頭の倉庫で一対一の勝負をした時のことを言っているのだろう。というよりも、この二人とタイマン勝負を行ったのは、後にも先にもその時一度きりだったから他にはない。  当時、遼二と紫月の仲が芳しくない雰囲気になっていたことがあり、それを好機と受け取った桃稜の不良連中が、一気に彼らを畳み掛けようと企てたことがあったのだ。連中の言うには、因縁付きの四天学園で頭を張っている遼二と紫月が痴話喧嘩をしているようなので、これを機会に彼らを一人づつ罠に嵌めて叩き潰してしまおうという計画を思い付いたらしい。  『桃稜の白虎』とまで異名を取るほどに崇められていた氷川だったが、その反面、不良たちの中にはその大き過ぎる存在感を疎ましく思っている者も少なからずだったようで、だから当然、事は氷川に内密で行われた。先ずは鐘崎遼二を陥れて集団暴行し、そしてその次は一之宮紫月を潰せば、四天に勝ったも同然だと思っていたようだ。  そして計画通りに遼二を襲撃した連中は、度が過ぎて彼に入院を余儀なくするまで痛め付けてしまった挙句、警察が学園内へと捜査に乗り込んで来たことを知って蒼白となった。四天側からの報復も気に病んだ結果、仕方なく事の成り行きを氷川に打ち明けることにしたのだという。  それを聞かされた時は驚き呆れたものだが、ちょうどそんな談合の折に、この紫月がたった一人で果たし合いに乗り込んできたのに出くわしてしまった。  氷川は表向きは自らの仲間である桃稜の不良連中をすべてその場から叩き出すと、紫月との一対一の勝負でケリをつけることを提案した、とまあそんな成り行きだ。

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