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第47話
「……趣味って何よ? つまりは何だ。俺はてめえの趣味じゃねえって言いてえわけ?」
これ見よがしに口を尖らせる様が可笑しくて、氷川はニヤニヤと含み笑いを隠さない。
「そーゆーことにしといた方がカネが安心すんだろ? それとも、実はお前に惚れてるとかって言えばいいのか?」
からかわれているだけだと分かっていても、ここは素直にうなずくところではないと焦るのか、赤面したり考え込んだりと、とにかく紫月は参ったなというようにコロコロと表情を七変化させている。
「や、まあ……それはそれで問題だけどよ」
まるで小さな子供がふてくされるような調子でブツブツとそう呟いたのが可笑しくて、氷川はまたしてもクククッと声を上げて笑ってしまった。
「ま、実際、二人っきりってワケでもねえしな。心配は無用ってことだ」
その言葉に紫月は一瞬不思議そうな顔で隣を振り向いたが、すぐに言われている意味が分かった。ふと視線をやった先の遠目に、さりげなく二人連れの精悍な風貌をした男たちの姿が確認できたからだ。そして彼らからまた少し距離を置いた所に黒塗りの高級車が待っていて、その車の周囲にも二~三人が配備しているといった様子だ。
過日、氷川に助けられた時もそうだったが、こんな光景を目の当たりにする度に彼の置かれているその立場を否が応でも認識させられる。妾腹とはいうものの、香港マフィアの頭領を父に持つという、その現実離れした世界観が目の前にあるのだ。
氷川の境遇を初めて知った時には酷く驚いたものだが、桃稜在学中から確かに彼は一風変わっていたという印象が否めない。長身に加えて、嫌みな程に整ったその容姿もさることながら、それに負けない威風堂々とした彼の醸し出す雰囲気もまた、確かに目を引くものに違いなかった。
現在は日本での企業経営を全面的に任されているという形になるらしいから、ここでは彼がトップということなのだろう。つまりは頭領だ。
まだ十代のこの若さで配下を従え、立派に企業経営を行っているらしい彼を見て、大したものだと紫月は心底感服の胸中で隣に座る男を見つめていた。
そんな気持ちのままに、
「ま、何だかんだいってお前ってすごい奴だと思うよ」
大真面目な調子で突如そんなことを口走った紫月を横目に、氷川の方はポカンとしたように隣を見やった。
「すげえ奴って――俺が、か?」
「ん、遼二の野郎もよくそう言ってたしな」
「カネが、か――?」
「ああ。氷川はめちゃめちゃ器のデケェ男だって心酔してたぜ。お前がマフィアの一家だとかって聞いた後はよく香港のそういった映画なんかも借りてきて一緒に観たっけなぁ……」
懐かしむように瞳を細めてそんなことを言う紫月の口元は僅かに笑みを伴っていて、何よりとても穏やかだ。
『行ってみてえなあ香港』、などと無意識のように漏らす彼を横目に、ホッとした気持ちは無論のこと、今は亡き鐘崎遼二を思えば少しの切なさが胸を過ぎるようでもあって、氷川は複雑な気持ちのままに対岸に目をやった。
ふと、そういえば卒業式の日に遼二と交わした『二人で香港に遊びに来いよ』という約束は叶わないままだったなと、そんなことが思い出されれば、より一層の寂しさがこみ上げる。
香港なんて来たければいつでも案内するぜと気軽に言ってやることは簡単だったが、それを言ってしまうと、まるで『お前だけでも来いよな』などと強調するようにも思えて、氷川はしばし言葉を飲み込んだ。
だが紫月の方はそんな心配を他所に、生真面目な顔で意外なことを言ってよこし、氷川はまたしても驚かされてしまった。
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