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第51話 二十年前、逝く春――

 時計を見ると、午後の四時半を少し回ったところだった。  今日は四天学園時代からの仲間である清水剛のライブの日だ。一緒に行く予定の氷川が車で来るというので、駅前で拾ってもらう手はずになっていた。それにしても待ち合わせの時間までにはまだ一時間以上もある。 「ちょっと早く来過ぎちまったな……」  剛へのライブ祝いにと予約していた本も既に取りに行ったことだし、仕方がないので紫月は軽く一人でお茶でも飲もうと、大通りに面したコーヒーショップへと足を向けた。幸い窓際の二人掛けの席が開いていたので、そこに陣取り腰を落ち付ける。ここならば通りの様子も見渡せるので、万が一、氷川が早めに着いたとしても気付けるだろう。何せ彼の車というのは黒塗りの高級車だから、多少ぼんやりしていても見逃さないだろうと思うわけだ。  甘党の紫月は、買ってきたコーヒーにスティックシュガーを四本束ねて封を切り、サラサラとカップに入れようとした、その時だった。 「わっ……!」 「あっ、すいません……ッ!」  ちょうど脇を通り掛かった学生らしき客のバッグが肩に当たって、勢いよくトレーの上に砂糖をぶちまけてしまったのだ。 「す……っ、すいませんッ!」  慌ててそう言った声の主を見上げれば、黒い学ラン姿の二人連れの男が驚いたようにして硬直していた。  ここいらで黒の学ランといったら、自らが卒業した四天学園しかない。何だか懐かしいような気持ちになって、紫月は穏やかな笑みを浮かべた。 「いいよ、気にしないで。俺なら大丈夫だから」  そう言ったものの、トレーの上いっぱいにばら撒かれている砂糖を見れば、どうやら彼らの方は平静ではいられなかったらしい。ぶつかった張本人はひたすら驚いたような顔つきで、はっきりとした二重の大きな瞳を更に大きく見開いて固まったままだ。そんな様子にすぐ後ろでトレーに二人分の飲み物を乗せていた男が、すかさず頭を下げてよこした。 「すみませんでした。あの、これよかったら使ってください」  自分たちの分だったのだろう、彼は持っていたスティックシュガーを数本差し出すと、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。まるで連れの男を庇うようにして迅速な対応をする彼に、紫月は思わず微笑ましい気持ちにさせられてしまった。  『これで足りますか?』と言って差し出されたシュガーは四本あって、咄嗟に彼らは二本づつ使うつもりだったのかななどと楽しい想像が浮かんだ。それとも片方が甘党で、片方はブラックなのかも知れない。もしそうならば、ブラックの方はきっと今、このステッィクを差し出している彼の方じゃないかな――と、興味本位の想像までもが浮かぶ。 「けど、いいの? 君らの分だろ?」 「いいんです。また取りに行きますんで使ってください」 「そう。じゃ遠慮なくそうさしてもらうな」  せっかくの申し出を断るのも何なので、紫月は有難く受け取ることにした。  彼らは二人揃ってもう一度ペコリと頭を下げると、奥の方のテーブルへと移動して行った。その様子を何とはなしに目で追いながら、もらったばかりの砂糖をコーヒーへと入れる。と同時に、席へと着いた彼らの会話が飛び込んできて、ふいと口元に笑みが浮かんでしまった。 「悪りィ。俺ンせいでまたお前に迷惑掛けちまった……。あ、俺ちょっと砂糖取ってくるわ!」 「いい。俺が行くからお前は座って待っとけ」 「え、ああ……うん、ごめん」 「……ったく、相変わらずそそっかしいんだからよー。ちっとは気を付けろっていつも言ってんだろ」  言葉はそっけないが、その言い方に何ともいえないあたたかさが垣間見えるのは間違っていないだろう。それを証拠に、砂糖を取りに席を立ちがてら、さりげなく相方を守るように添えられた腕が非常に印象的だった。  四天の一年生だろうか。まだあどけなさが残るものの、二人共に結構な長身で、どちらかといったら昔の自分たちと印象が重なるような風体の持ち主だ。わざと丈をいじったような学ランも、腰元に飾られたシルバーのチェーンも、そして案外時間を割いて手を掛けているのだろう髪型も、それぞれによくサマになっている。そんな姿が数年前の自分たちにダブって思えたのか、紫月は何とも言い難い表情で、だがとても穏やかな笑みを浮かべながら、しばし彼らの方を見つめていた。

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