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第59話 惜春

「――その時の白夜の姿を生涯忘れることはないだろうと、僕はそう思ったんだよ」  そう言う倫周の横顔を宵闇に浮かんだ月明りが照らしていた。  それを見るともなしに見つめながら、遼平と紫苑の二人は呆然と沈黙状態で立ち尽くす。そしてどちらからともなく隣に佇む肩を近付けては、無意識に寄り添うように手を伸ばし合い――まるで互いの存在が今現在ここにあるということを確かめるかのように、二人は同時に相手の身体を引き寄せ合った。  視線だけは共に窓辺の倫周へと向けながらも、しっかりと腰元に腕を回して抱き合う。そんな様子にある種の安堵の気持ちを感じて、倫周もまた二人を見つめ返した。 「その後しばらくしてからだった。紫月が遼二に宛てて送った何百通ものメールが彼らの携帯の中に残っているのを見つけて、白夜はそれを何とか形にして残したいと思ったそうだよ」  その為に氷川は忙しい仕事の合間を縫って、独学で作曲の勉強を始めたという。二人の残した想いを自分の手で形あるものにしたかったのだろう、それに賛同した帝斗と共に音楽事務所を立ち上げたのは、それから間もなくしてのことだった。  歌手を夢見る若者たちを育てる傍らで、けれども氷川はずっと二人の為に作った曲を表に出そうとはしなかった。事務所が軌道に乗ってからもずっと胸の内にあたためたままでいる様子を側で見ながら、何度となく帝斗と共に首を傾げる思いでいたのだ。 「白夜は待っていたのかも知れない。それを形にして自分の代わりに表現してくれるだろう誰かを、ずっとずっと待ち続けているのかも知れないと僕にはそんなふうに思えてならなかった。そんな時だよ、君らに会ったのは……」  懐かしく切ない思い出の染み付いた地元川崎の街に、氷川が足を向けることはそうそう多くはなかったと、倫周は付け足した。そんな彼が珍しくも訪れた繁華街の路上で、運命的ともいえる出会いがそこにあったのだ。 「あの二人に生き写しの君らを見た時の気持ちは、とても言葉では言い表せなかっただろうと思うよ。これが現実なら神様っていうのは本当にいるんだと、そのくらいに思ったかも知れないね。永い間あたためてきた思いを卓せるのは君らをおいて他にはないと思っただろう」  それがあのバラードの数々だというわけか。遼平と紫苑にしてみれば、何とも複雑な思いだった。信じ難いような運命も無論だが、実のところ自分たちの音楽自体を認められてスカウトされたわけではないということに気落ちするのは否めないからだ。そういえば、氷川自身もはっきりと断言していたのを思い出す。  『俺が認めたのはお前らの面構えと声だけで、お前らのやってた音楽じゃねえ』と、辛辣な台詞を突き付けられたのは、ほんの僅かに数時間前のことだ。どんな数奇な運命だろうが、切ない気持ちの詰まった思い出だろうが、若い二人にとっては気に病むなという方が無理なような現実――というのは否めない。それらすべてを呑み込んだ上で、紫苑は軽い溜息を抑えられなかった。 「氷川のオッサンの気持ちも分からねえじゃねえけどよ……そんなら何で俺らに対してあんなに冷てえのかなって、ちょっと不思議に思うよ。その『遼二と紫月』っていう二人に俺らがそっくりだってことでスカウトしたんなら、もうちょい親しみやすく接してくれてもいーのによ」

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