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第60話

 確かに氷川は彼らに対して酷く素っ気ないのは当たっている。まあ、元々誰に対しても愛想のあるという性質ではないが、特にこの二人を前にした時の冷静さには首を傾げる思いがしないでもないというのは、倫周も常々感じていたことだった。だが反面、その理由には思い当たる節もあった。  倫周は「おそらく――」と前置きをしながら、氷川が彼らに素っ気なくする理由を話して聞かせた。 「白夜はきっと怖いんだと思うよ」 「……怖い?」  あの仏頂面が似合いのオッサンに怖いものなんてあるのかといった表情で、紫苑が眉根を寄せる。言わずともそう思ったのが丸分かりな感じの彼の顔付きが妙に可愛いらしくもあって、ほころぶ思いのままに倫周は先を続けた。 「もう二度と君らを失くしたくないっていう思いが強過ぎて、感情移入するのが怖いんじゃないかな。だからわざと君らの前では冷静を装い、壁を作ってしまう。つい言葉もきつくなってしまう。本当は誰よりも君らと心を触れ合わせたいって思ってるはずなのにね」  語尾の方は少し物悲しげに声のトーンが落ちていく倫周を目の前に、何と反応していいのか若い二人は戸惑うばかりだ。 「それにね……こんなこと暴露しちゃっていいのかなって思うけど――、君たちの作ったデモの音源をね、白夜が一人でこっそり聴いているのを何度も見たことがあるんだ。多分、彼は僕らにそんなところを見られているなんて思いもしてないだろうけど、すごく幸せそうな顔をしていてさ。声を掛けるのも躊躇(ためら)われるくらいなんだよ」 「……マジ……で?」 「うん。彼が部屋にこもってる時は大概そうだよ。ヘッドフォンをかけて、すごく穏やかな表情でさ。彼、ああいう性質だから、そういうところを知られるのは嫌がるかなぁって思って、僕も帝斗も見て見ぬふりをしてるんだけどね」  氷川がそんなふうに自分たちを見ていたなどとは、正直なところ驚き以外の何ものでもない。 「何か……信じらんねえ……けど」 「……ん」  目の前に豪華に並んでいるすっかりと冷めてしまった夕食も、今いるこの部屋も、今しがた聞いたばかりの夢幻のような話の内容も、すべてが絵空事のようだ。 「君たちにこんな話をしたのは、決して白夜の言いなりになって欲しいとかそういう理由じゃない。昔、こんなことがあったんだから白夜の為にあのバラードを歌ってやってくれないかとか、そんなつもりで話したんでもない。ただ――」  ただ知っていて欲しかったんだ―― 「君らに本当のことを知っていて欲しかった。理解してくれというんじゃない。ただ知って欲しかった。僕らがどんなふうに共に過ごしたのかを……あの頃の僕らのことを是非君たちに……知っていて欲しかった」  そう言った倫周の瞳は真っ直ぐで、決して嘘偽りのない強い意志を(たた)えているかのようだった。少々天然系などと言われている彼にしては、ゆるぎのない強さを感じさせるような、くすみのない心をそのままにしたような言葉だった。  『知っていて欲しかった』ではなく、まるで『思い出して欲しい』と云っているようでもあって、遼平も紫苑もしばしは返答の言葉もままならずに、ただただ立ち尽くすだけが精一杯だ。 「悪かった……夕食がすっかり冷めてしまったね。シェフに言ってすぐに温め直すよ。とにかく今日はゆっくりくつろいでおくれよね」  気遣うように倫周が微笑んで部屋を出て行った後も、しばらくはどちらからとも言葉を交せずに、広い部屋には静寂だけが立ち込めていた。 ◇    ◇    ◇

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