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第61話
夕食が済み、豪勢な風呂にも入って二人きりになった夜半に、遼平と紫苑は未だ言葉少なでいた。
窓辺に立ち、外の景色を気に掛けるふりをしながら、その実、手持無沙汰の様子でいる遼平。その姿を横目にしながら、同じように視線を泳がせ持て余したような紫苑。互いに何か相手が話し掛けてこないかなといった表情で、話題を探しているふうだ。何とも間の悪い時間をしばらく過ごした後、そんな雰囲気に耐えられなくなった紫苑の方が、根を上げるようにソファにもたれて口を開いた。
「なあ――」
「……ん?」
「この部屋……煙草吸ってもいーと思う?」
「……え、ああ、どうかな……?」
大理石のテーブルの上にガラス細工の高価そうな灰皿が設えてあるのを何気に視界に留めながら、遼平が曖昧な言葉を返す。
「なあ遼、――持ってねえ?」
「……あ? 何を?」
「……だから煙草。俺ンは部屋に置いてきちまったし……」
人差し指と中指をクイクイと動かしながらそう言う紫苑が、遠慮がちに様子を窺うように視線を寄こすのを見て、遼平もやれやれといった調子でその脇へと腰を下ろした。そしてソファの背に脱ぎ捨てていた上着のポケットをまさぐり、少し皺くちゃになった煙草の包みを取り出すと、ライターと共にそれを紫苑へと差し出した。
「ほらよ。けど……こんなトコで吸ったのがバレたら、また氷川さんに睨まれんじゃね?」
そんなことは分かっている。それ以前に、互いにまだ高校生の身分だから、いいも悪いも言わずと知れている。だがどうしても吸わずにはいられない気分だった。
紫苑は遼平の忠告を聞かなかったふりをしながら、差し出された煙草を一本銜えると、視線を合わせないままでそそくさと火を点けては、大きく一服を吸い込んだ。そして天井を仰ぎ、薄茶色のゆるやかな癖毛をソファの上で遊ばせながら深い溜息をつく。
「俺さぁ、やっぱ氷川のオッサンの所にはいらんねえかも……」
ボソリと消極的に、ともすれば聞こえるか聞こえないかの独白のように呟かれた言葉に、遼平は無言のままで隣を見やった。
別に睨んだつもりもないし、そういうふうにも受け取れたわけでもないのだろうが、紫苑にしてみれば幾分バツの悪そうに苦笑まじりになる。
「や、だってそうでしょ? あんなこと聞かされちまったら余計に居辛えってのもあるし……。それに……」
「――それに、何だよ?」
そこまで黙って聞いていた遼平も「よっこらしょ」というようにテーブルの上の煙草に手を伸ばし、相棒と同じように深く一服を吸い込んだところでそう聞き返した。だが実のところ、紫苑の胸中などわざわざ訊かなくとも、何となく想像し得たのも確かだった。彼自身もどうしたらいいかよく分かっていないのだろうと思えたからだ。かくいう自身もそうだから、深くは追求しなくとも知れているといったところだ。
しばし無言のままで煙をくゆらせた後、まだ長めの煙草をねじり消しながら遼平は言った。
「お前の好きでいいぜ」
え――?
「だから、お前の好きなようにしろって言ってんだ。事務所を辞めんなら俺もそうする。また二人で路上ライブとかやってもいいし、歌うって夢は諦めても構わねえ」
「はっ!? 何それ……」
「もち、歌は好きだけどよ。できればこれからもやっていきてえって思うし……。けどそれがすべてじゃねえってこと」
どういう意味だと紫苑が怪訝そうに瞳をしかめる。
「俺はさ、歌やんのもやんねえのもお前と一緒なら何でもいいんだ。俺にとって大事なのは歌がどうこう以前に……」
そこまで言ったところでぷっつりと言葉を途切ってしまった遼平の顔をマジマジと見つめながら、ますます不思議そうに眉根を寄せる。そんな相棒を横目に、遼平の方は少しの苦笑いを漏らしてみせた。
「ん、何でもねえ。とにかくー、お前がしてえようにすりゃいいよ。俺に異存はナシ!」
「……って、何だよそれ。なーんか全部俺ンせいみてえじゃん」
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