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第62話

 そうだ。勝手に短気を起こして逆切れして、事務所を飛び出してしまったのもすべて自分のせいだというのに、それを責めるどころか、これからのことも好きなようにすればいいなどと言われて、紫苑は実際ひどくバツの悪い心地がしてならない。  が、そんな胸中を丸出しで、戸惑いながらも素直に謝れないでいる様子もまた、遼平にとっては笑みを誘われるもののようだ。 「誰もてめえのせいだなんて言ってねえし! お前のやりてえことが俺のやりてえことだってだけだよ」 「……ンなこと言われたって」 「ま、そのことはもういいじゃん。それよか、そろそろ寝っか?」  ポンと頭の上に掌が触れたと思ったら、軽く髪をワシャワシャっと撫でられて、思い掛けないそんな扱いに紫苑は不意にドキリとさせられてしまった。  ソファから立ち上がりながらこちらを見降ろしてくる瞳が少しおどけたように微笑んでいて、見慣れたはずのそんな表情にも頬が紅潮する思いだ。この遼平が、自分をこの上なく理解してくれていて、その上に気遣いのこもった台詞で宥めてくれるからというだけではなく、彼の大いなる愛情を改めて再認識させられるようで、言いようのないときめきに全身を揺さぶられるような気がするのだ。 「ほら、早く来いよ。すっげえ豪華なベッドだし!」  ベッドの上にゴロ寝しながらクイクイっと手招きをする。そんな仕草にも頬の熱が上がりそうだ。  時計を見れば、既に夜中の一時を回っている。確かにいろいろあり過ぎてくたびれたのも事実だ。だがそれ以上に急に高鳴り出した胸の鼓動がうるさくて、紫苑はしどろもどろになりながら、それらを隠さんと、わざと仏頂面を装ってベッドへと歩み寄った。そして少し大袈裟に、音を立てる勢いでドカリと腰を下ろす。と同時にスプリングが大きく揺れて、片肘を枕代わりにしていた遼平の腕が崩れた。 「……ッカ! 何しやがんだって……」  驚いて恨めしげに眉を吊り上げた彼を無視して豪勢なベッド上へと上がり、組み敷き、その腹に馬乗りに跨がりながら紫苑は微笑った。 「いいじゃん……こんな豪華な寝床なんだしよ。せっかくだから……」  ヤらねえ――?  内心、まだバクついている心臓音を隠すかのように、わざと大胆に不敵な笑みを装う。 「ヤろうぜ。今日は俺のワガママですっげえ迷惑掛けちまったんだし……その詫び!」 「詫びって……オマエなぁ、こんなトコで……」  仮にも所属事務所の社長宅だ。いかに広い邸だろうが、秘書の倫周だって在宅だ。そんな思いをあらわに複雑な表情をしていたのだろう、 「つーか、ホントは単にヤりてえだけ、俺が! だからお前の好きにしていい」  バツの悪そうにしながらも、珍しくも積極的に紫苑はそう言った。 「――は?」 「てか、好きにされてえ……。お前、さっき言ってたじゃん。この先どーするも俺の好きにしていいって」 「そりゃお前、意味違えし……」 「違わねえよ、俺も同じ……。何してもいーよ。お前になら何されても……全然……」  だから俺ンこと、好きにして――  ここ短時間で起こった様々な出来事を消化しきれなくて、一時でもそれらから逃避したいが為に欲情にまみれたい。そんな気持ちも少なからずあるのだろう。何もかも忘れるくらいに激しく求め合って、溺れてしまいたいのはお互い様か――。 「遼平……なあ、早く」  馬乗りの腰元を若干遠慮がちに擦り合わせてくる彼の雄が、はっきりと硬さを感じさせる。 「抱いてよ……俺ンこと……」  めちゃめちゃにして――  吐息まじりの逸った声を耳元に落とされて、遼平もつられるように頬を染めた。 「バッカやろ……」  短く熱いひと言だけを漏らすと、欲情に疼き始めている紫苑の腰元をグッと引き寄せて、と同時にくるりと体勢を引っくり返すと、衝動のまま、むさぼるように口付けた。

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