74 / 146

第74話 春雷

 事態が急展開を迎えたのは、翌日の午後になってからのことだった。  ビジネスホテルのチェックアウトタイムといえば、シティホテルに比べると平均して早い方だろうか。時間ギリギリまでねばってそこを出た遼平と紫苑の尾行を続けていた倫周は、彼らが入って行ったインターネットカフェの入り口が窺えるコーヒーショップで腹ごしらえに精を出していた。  かれこれもう四時間以上こうしているだろうか。何度も飲み物を買い足し、昼を挟んだので軽食まで二人分もお代わりして長居になっていることが申し訳ないと思いつつも、たまに席を移動したりして過ごす。裏口の方は帝斗がよこしてくれた運転手に見張ってもらっている。一先ず『巻かれる』という心配は無さそうだが、それにしてもそろそろ陽も傾き出してきた。今宵はどうするのだろうと思っていた矢先だ。  ようやくと姿を現した彼らを確認して、すっかり湿ってやわらかくなってしまった紙コップのドリンクをゴミ箱へと放り込んだ。  次に彼らが向かった先はどうやら不動産店のようだった。ガラス張りの店先に物件らしき広告が貼ってあるし、『賃貸』と大きく書かれた旗も出ているので間違いないだろう。ついに部屋を契約するつもりなのかと少々焦りながら目をこらして様子を窺うも、その直後に思わぬ方向へと事態が動き出してしまった。  ちょうど下校の時間帯なのか、街の至る所が学生たちで賑わい始めていた。その中には見覚えのあるグレーのブレザーにからし色のタイといった出で立ちの男子学生も比較的多かった。 「あれって桃稜学園の制服だよね。懐かしいなあ」  二十年前に氷川が通っていた頃から殆どデザインが変わっていないようなその制服を見て、暢気な思いで倫周が懐かしんでいた時だった。その高校生の一団が、不動産屋の店先で物件案内に張り付いている二人に気付いた途端、彼らを取り囲むように近付いたのだ。  多勢に無勢といった状況は一目瞭然で、そのせいでか随分とイキがったふうな態度に不穏な感を煽られる。倫周は少々焦りを覚えて、額を引きつらせた。 「桃稜の子たちって四天学園とは未だに因縁関係だとかって言ってたけど……まさかね」  一昨日、自分が遼平と紫苑に冗談まじりで口走ったことが現実となって目前にある。といっても彼らは揃って大通りを挟んだ向こう側だ。何かあってからでは遅いので、とにかく話の内容が聞き取れるくらいまでの場所に移動した方がよさそうだと、倫周は急いで席を立ち上がった。確かにこの場所は対面を見張るには付かず離れずの距離で好都合に違いないが、中央分離帯のある通りを渡るには、少し遠目に見える歩道橋まで回らなければならない。一先ず運転手にもその旨を伝えながら、小走りで歩道橋へと向かった。 ◇    ◇    ◇ 「よー、織田ー。久し振りじゃねーか。てめえら、こんなトコで何やってんだ?」  遼平と紫苑を取り囲んだ一団の中の一人がふてぶてしく顎を突き出し、からかい半分にそう言えば、 「ホーント! 売れっ子ミュージシャン様がこーんなローカルな場所で何してんだか!」  もう一人の仲間が相槌を打つようにそう付け加える。 「ここって不動産屋じゃん。何? てめえら、もしかして”何たら”って有名事務所をクビになったとか!?」 「マジかよッ!? そーいや、歌も売れてんだか売れてねーんだか、あんましチャートとかでも見掛けねえもんなー!」 「で、見限られてポイ捨てされたってか?」  ギャハハハ、とその場にいた全員から高笑いが湧き起こり、遼平も紫苑も苦虫を潰したような表情で黙り込んでしまった。そんな様に勢い付いたわけか、ますますもって冷やかしがとまらなくなる。 「何とか言えよー、黙ってるってことはビンゴってこと?」 「どーなんだっての!」  最初にからかった男が、ドン、と遼平に体当たりするような形で軽く度突きを食らわせてきた。それにカッとなったわけか、 「何すんだてめえ……さっきから聞いてりゃ調子コキやがって! 誰がポイ捨てなんかされっかよ!」  黙っていられない性質の紫苑は、思わずそう吐き捨てた。

ともだちにシェアしよう!