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第76話

「クラブって、何処の?」 「ほら、半年くらい前に潰れた前の店を改装して、この前新しくオープンしたっつークラブ?」 「あれ、クラブってよりはレストランバーみてえのだろ? 駅裏の雑居(ビル)にできたパッと見ファミレスみてえな店」 「そーいやこいつ、イイ女と知り合ったとかっつって、結構頻繁に通ってたじゃん」  多少は事情を知っているらしい仲間から次々とそんな雑談が湧き上がる。もはや遼平と紫苑の存在を忘れたようにして、一同は勝手に盛り上がりをみせていた。 「で、ヤバいことになったって、その女絡みで?」  誰かがそう訊いたのをきっかけに、男は苦笑まじりでコクリと首を縦に振ってみせた。 「まあな……その彼女がちょっとさ……こっちの人の関係だったみてえでよ……」  頬の傷を示すように指先で斜を描いた男の仕草に、皆は一斉に言葉少なになって蒼ざめた。こっちの人、とはいわばヤクザのことを言っているのだと分かったからだ。  遼平も紫苑も他人事ながら厄介な話だと言わんばかりに、無言のまま視線だけで互いを見合う。 「なあ織田ー。如月もさ、お前らだったらちっとは自由になる金あんだろ? 俺ら一般人と違ってメジャーデビューまで果たしたミュージシャンなんだしさ。冗談抜きで『くれ』とは言わねえから……ちょっとの間、貸してくんねえかな? 隣校のよしみってヤツで頼むよ」  次第に真顔になりながらこちらを見据えてくる男に、何と返答してよいやら惑わさせられる。  無論、貸してやる義理などない。それ以前に、実のところ大して余裕のある状態でもないといった方が正しいか。  これからアパートでも借りて、一先ずは住まう所を何とかしなければと、互いの財布の中身を相談し合っていた矢先だ。まあ、そんな事情がなかったにせよ、如何にメジャーデビューしたからといって一年足らずの期間だ。その上、一応高校生の身では、大した金額など貯まりようもない。  面倒臭えとばかりにそっぽを向き気味の紫苑に代わって、遼平が丁寧に断り文句を口にしようとした。その時だ。 「おい、てめえら。こんなトコで何してる――」  少し低めの重みを伴った声音で後方からそう声を掛けられたのに驚いて、皆は一斉にそちらを振り返った。するとそこには同じグレーのブレザーにからし色のタイをした、見知った顔の男が眉をしかめ気味で立っていた。 「……おわ―ッ、春日野(かすがの)……!」  ギョッとしたように皆が同時に仰け反る勢いで、紫苑らを取り囲んでいた円陣が瞬時に崩れてなくなった。まるで『春日野』と呼ばれたその男の為に道を開けるかのように、誰からともなく左右にパッと分かれて整列した様子に、遼平も紫苑も一瞬唖然とさせられてしまった程だ。だが、そんなことをして場所を譲らないでも、既に頭半分以上が飛び抜けているような長身のこの男の顔には見覚えがあった。  彼は名を春日野菫(かすがの すみれ)といい、桃稜学園に通う三年の、いわば不良連中の頭とされている人物だ。四天学園にもその名前は轟いており、やはり自称不良を名乗る連中の間では頻繁に噂に上がっていたので聞き覚えがあった。  無造作で若干長めだが真っ黒で艶のある髪は、カラーリングなどでいじっていない自然な感じが特に不良を思わせるというふうではない。だが、眼光の鋭そうな視線とそれに似合いの整った顔立ちは、いわばケチの付けようがないといった感じで、一見にして女にモテそうな男前だといえる。そんな風貌を裏切らない度量の大きさと腕っ節の強そうな印象のせいでか、学園の不良連中から一目置かれているのは確かなようだった。事実、遼平も紫苑もこの男の噂は知っていた。

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