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第78話
「いきなり何すんだ、あんた。こいつが何したのか知らねえけど、暴力は勘弁してもらいてえな」
他の連中とは違って、割合落ち着いたふうなその態度と言い草が気に入らなかったのだろう。男は掴んでいたひょろっこい胸倉を離すと、今度は春日野に向かって威嚇するように、顎を突き出しながら肩を揺さぶってみせた。
「……ンだ、てめえは? ヤんのか、この野郎!」
「誰もそんなこと言ってねえよ。それよりこいつに何か用なのか?」
「あ……ンだ、こらっ! ナメてんじゃねえぞ、このクソガキがっ!」
後ろに従えた手下三人も加わって凄みをきかせども、全く動じないふうの春日野の様子に、今度はそちらの方が癪に障るといったように、男たちの興味の矛先がズレ始めたようだ。最初に胸倉を掴んでいた本来のターゲットである男をこれ見よがしに春日野の目の前に引き摺り出すと、大声で怒鳴り上げた。
「このバカガキがよー、俺の女に手ェ出しやがったんだ! 大したツラもしてねえくせにチャラチャラとナンパなんかしやがってよー。挙句、傷モンにしてくれたってわけだ! そのツケを払ってもらおうってのの、どこが悪りィってんだ!」
わざと被害者ぶりを強調するかのように、ドでかい声でそう怒鳴りまくる。それを聞いた春日野は、若干眉をしかめて自らの仲間を振り返った。
「おい、今の話、ホントなのか?」
「……ッ、ホントっつーか……俺は知らなかったんだよッ! 彼女とはクラブで知り合って意気投合しただけだ……」
それがたまたまこの髭面の男の『オンナ』だったというわけか。どうやらヤクザの女に手を出してしまったというのは本当らしい。春日野は厄介そうに瞳をしかめると、分が悪いこの状況に溜息を抑え切れないといった顔付きをした。
「ま、そーゆうことなんでよ。コイツは借りてくぜ」
春日野に付け入る隙がないと感じたのか、ヤクザふうの男たちは自分のオンナに手を出したというターゲットの男だけを羽交い締めにすると、もう用はないとばかりにその場を後にしようとした。
「おら、どけっ! てめえらも邪魔だ!」
いちいち大袈裟な振る舞いで、その場にいた者たちを蹴散らさんばかりにがなり立てる。片や桃陵の連中たちは、切羽詰まった現状を前にしながらも呆然としているのみだ。仲間が連れて行かれそうになっているというのに、とばっちりが自分たちに及ばないならラッキーだとばかりに安堵した表情の者もいる。そんな中で、春日野だけがそれを止めんとすかさず彼らの前に歩み出た。
「ちょっと待ってくれ」
男たちの肩に手を掛け引き留めようとした瞬間だった。それと同時に、連れて行かれそうになった男が決死の勢いで皆に助けを求めて、わめき始めた。
「ちょっ……! 助けてくれよお前ら! なあ、春日野ッ! 俺は知らなかったんだって! 放してくれよっ!」
道行く人々も含めて誰かれ構わず巻き込むかのように大声でわめき散らす。彼も必死だったわけだ。
このまま連れて行かれれば、何をされるか分かったものじゃない。というよりも想像することさえ恐怖でならない。もしかしたら殺されてしまうかも知れないと思えば、当然必死にもなろうというものだ。
案の定、野次馬がチラホラと足を停め始めた街中で、チンピラたちは分が悪そうに大きく舌打ちを鳴らした。
これ以上騒がれては面倒だ。警察沙汰になれば不味いのは言うまでもない。慌てた男たちは、胸元に忍ばせていた短刀のような代物をチラつかせると、その場にいた桃稜の一団に向かって脅しをかました。今度はさすがに周囲の野次馬たちに気遣ってか、小声だ。
「てめえら全員、ツラ貸しやがれ! じゃねえとこのガキをブッ殺すかんな!」
「いいか、てめえ一人逃げようなんて野郎がいたら、そいつもただじゃ済まねえと思えよ!」
羽交い締めにされている仲間の腰元には、着衣で隠しながらもしっかりと刃物がつき付けられている。ここでむやみに抵抗すれば、無関係な周囲の通行人を巻き込む事態になりかねない。
冷静にそんなことを巡らせていたのは春日野くらいだろうか。既に他人事に巻き込まれ掛けている状態の遼平と紫苑はともかく、桃稜の一団の殆どは肝が冷えてしまって言いなりになるしかないような状態でいる。やむなく一同は言われるままに従わざるを得なかった。
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