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第79話

 連れて行かれたのは、昼間は閑散としている歓楽街の裏通りだった。殆どの者がいつこの状況から解放してもらえるのだろうかと、ビクつきながら視線を泳がせ歩く。だが、祈るようなそんな思惑とは裏腹に、一人、また一人とガラの悪い男たちが合流し、あれよという間にヤクザふうの男たちが六人くらいに増えていった。少々面白いことが起こりそうだと舎弟らしき男たちが携帯で呼び寄せたのだろう、こうなっては逃げるどころの騒ぎではなくなってきた。  夕闇も迫ってきた上に、天候までもが不穏な厚い雲間に覆われて、気付けば薄暗くなり掛けている。しかも歩を進めれば進める程、何だかヤバそうな雰囲気の路地へと向かわされているようだ。  高校生の彼らにはしてみればあまり縁のないというか、殆ど足を運んだことのない、いわば夜の店が点在していることで知れた地区だった。  その一角にある廃墟に近い倉庫のような建物が見え始めたところで、男たちの表情に薄ら笑いを伴った余裕が垣間見えるようになった。古い町工場の後か、あるいは運送会社か何かの持ち物だったのだろう、見るからにがらんどうの建物はトタンで出来た壁のあちこちが錆びて朽ちかけている。  おそらくあそこへ連れ込まれるということで当たりだろう。誰もが心臓をバクつかせながら、同じ想像を描いては肩をすくめ、ただただ棒のように硬直した足を引きずって歩く。 「――おい、如月」  遼平のすぐ後ろを歩かされていた春日野が、隙を窺ってそう耳打ちをしてよこした。 「なんだ」  遼平の方も彼の意向を感じ取ったのか、チンピラたちに気付かれないよう気を配りながらそう返した。  頭のキレそうなこの男のことだ。何か算段があるのかも知れないという思いで神経を集中させる。会話をしているのがバレないように、極力平静を装いながらその提案を待っていた遼平の耳に、意外な言葉が飛び込んできたのはその直後だった。 「あの倉庫に連れ込まれる前に隙を見てお前らは逃げろ――」  遼平は驚いたように後ろを振り返った。 「バカッ! こっち向くんじゃねえよ。いいか、俺が奴らの気をそらすから……その隙にお前は織田を連れて逃げるんだ」  春日野の真剣な口調に、遼平は前を向いたままで視線だけを彼へとやった。 「……どういう意味だ」  遼平はそう訊いた。春日野は、そんな彼に歩幅を合わせるようにして自然を装いながら横へと並ぶと、早口で先を続けた。 「これは俺たちの仲間の厄介事だ。お前らを巻き込むわけにはいかねえし、それに……お前らがこんなことに関わったなんて知れちゃ、いろいろマズイだろうが」 「マズイって……」 「お前ら、ミュージシャンやってんだろ? それ以前にあと半月もしねえ内に卒業だし、所属してる事務所とかファンとかにも迷惑を掛けちまうことになる」  春日野の懸念していることはすぐに理解できた。無論、彼の気遣いも合わせてだ。だが、今更自分たちだけあっさり逃れられるとも思っていない。彼のそんな気持ちを聞けば尚更のことだ。  僅かな苦笑いと共に遼平は短く呟いた。 「ンなことできるわきゃねーべ?」  そうだ。こんな状況で彼らだけ置いて逃げるだなんて、胸糞が悪くてならない。確かに親しいといえる程の間柄でないにしろ、現状では同じ立場に立たされている仲間同士に変わりはない。因縁関係にあるとはいえ、隣校に通う高校生同士というのも事実だ。 「てめえ一人でどうにかしようって、心意気は分からねえじゃねえけどよ。現実問題無理があるっしょ? どうやらてめえ以外は皆腰抜けになっちまってるみてえだし」  周りでうつむき加減に歩かされている桃稜の連中を見渡しながら、軽い溜息を落とす。ここで俺らが加勢しなきゃ勝ち目はねえだろとばかりにそう言い放った。だが、やはり春日野にしてみれば譲れないところもあるらしい。

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