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第80話

「確かにその通りだが……けど、何の関係もねえお前らを巻き込むわけにはいかねえんだよ」  さすがに桃稜の頭と言われているだけのことはあるようで、仁義にも厚く、また、けじめを付けるべきところも熟知しているようだ。そこは曲げられないとばかりの(かたく)なな彼の様子に、それまで二人のやり取りを静観していた紫苑がクスッと軽い笑みを漏らしながら口を挟んだ。 ――廃墟めいた倉庫がもうすぐ目の前に迫っている。 「なあ春日野よー、てめえの気持ちは有難てえけどさ――。俺らだってこのままトンズラなんてみっともねえマネしたくねえし。それに……」  それに――? 「それに……あいつだったら、やっぱ逃げたりしねえと思う」 「――あいつ?」  状況にそぐわないような意思のある笑みをたずさえながら、真っ直ぐ目の前の倉庫を見つめる。まるで誇りさえ感じられるような紫苑の言葉に、春日野は怪訝そうに彼を見やった。そのままちらりと遼平の方に目をやれば、彼もまた同じような表情で(うなず)いている。二人だけで納得し合っているふうな彼らを横目にしながら、迫って来る倉庫までの距離に焦りの感情が色濃く(うず)き出す。 「おい……! あいつって何なんだよ」 「白虎――」 「は? 白虎?」  ますますもってワケが分からないというように、春日野は眉間に皺を寄せ、と同時に金属音を伴った耳触りな轟音と共に倉庫の扉が開けられたのに、一層焦って思わず前を歩く紫苑の腕を取った。 「バカ野郎! てめえらがもたもたしてっから着いちまったじゃねえかよ!」  機を逃してしまったとばかりに舌打ちをしながら顔を歪めた。だが紫苑も、そして遼平も全く動じていない様子で、逆に逃げなかったことが誇りだとでもいうように凛と前を見つめている。そして二人揃って笑みまじりにくるりとこちらを振り向くと、 「桃稜の白虎だよ。あいつならこんな時、ぜってー逃げねえ」 「だろうな。同感!」  さらに誇らしげに口を合わせてそう言った。 「桃稜の白虎だと――?」 「ああ、前にお前らンとこで頭張ってたってヤツ。……っても、もう二十年以上も前の話だけどな」  紫苑の言葉に春日野は大きく瞳を見開いた。 「二十年前って……もしかお前ら、氷川伝説を知ってんのか!?」  酷く驚いたわけか、思わず大声を出し掛かった春日野に対して、今度は遼平と紫苑の方が興味ありげに彼を凝視する。 「氷川伝説って、やっぱそんなに有名なんだ? けど実際は氷川伝説じゃなくて『氷川事件』とか言われてたんじゃなかったっけ?」 「どっちにしろ今でも語り継がれてるって、マジすげえじゃん」  この場にそぐわない程にあっけらかんとしてそう訊き返してくる二人に、春日野の方もつられるように唖然としながらも、更に険しく片眉をしかめて見せた。  学園に永い間語り継がれてきた一人の男の伝説。遠い昔に他校の不良連中によって学園が襲撃を受けた一大事の窮地を、当時中等部の三年だった氷川白夜という生徒が、たった一人で鎮めたという英雄物語だ。桃稜の、特に自称不良を地で行く連中にとっては神格的な伝記ともいえる話で、二十年以上が経った今でも知らない者はいない程に有名な言い伝えだった。そして、確かに遼平らの言うように『氷川事件』というのが正しい。今でも教師の間ではそう呼ばれているようだが、生徒間では『伝説の男、白虎』として崇め伝えられていく内に、自然と『氷川伝説』で語り継がれるようになったというわけだ。

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