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第81話

 だが何故、この二人はそんな昔のことに詳しいのだろう。そしてその伝説の白虎のことを物語る彼らの表情ひとつを取って見ても、まるでその当時を見たことがあるという程に誇らしげだ。春日野は不思議そうに首を傾げながら彼らを見やった。と同時にハッとしたように瞳を見開くと、 「……っていうかお前ら、氷川さんと……『桃稜の白虎』と知り合いなのか?」  酷く驚いた様子でそう訊いた。 「知り合いっつーか、何つーか……ま、とにかくあのオッサンだったら仲間置いて逃げるなんてこと、ぜってーしねえだろって思うわけ」  だから自分たちも逃げない。例えこれからどんなに都合の悪い展開になろうと、最後まで付き合うぜとばかりに意思を(たた)えた面持ちでこの場に腰を据える様子の二人に、春日野は何とも言い難い表情で言葉を呑み込んだ。  そう、例えばどんなに悪い展開になったとしても――  そんな例えが現実のものとなって彼らの目前に付きつけられたのは、その直後のことだった。  高窓から垣間見える僅かな空の色は、既に辺りに闇が迫っていることを告げている。早い雲の動きと、ボロいトタンの壁を叩きつけるような風の音がうるさく響き、と同時に遠くの方で鳴り出した雷の音が不穏を煽る。  全員が暗がりの倉庫の中へと押し込まれ、埃臭いガランどうのそこに裸電球が灯されれば、誰もが一瞬眩しさに怯えるように身をすくめた。瞳を瞑り、無意識に手で顔を覆う者もいる。視界が慣れてくるに従って、そこに映し出された光景に、言葉にならない程の衝撃が待ち受けているとは思いもよらなかった。 ◇    ◇    ◇  薄暗い中に煌々と嫌味なくらいの灯りが目に痛い。それに照らし出されたのは、ニヤニヤと笑みを浮かべた大勢の男たちの気配だ。  暗闇に同化するような黒っぽい服装を身にまとったその集団が一体どこの誰なのか、何故こんな所にいるのかということに気付くまでに、少しの沈黙が皆を包み込む。ざっと見渡しただけで二十人は難くないと思えるその集団は、ヤクザ風の男たちが暗黙の了解で配下に置いている街の不良少年たちのようだった。  高校を中退した者、または社会人になっていても未だにゴロつきまがいの行為をやめられないでいる者、イキがり足りないそんな彼らを束ねているのが、ここいら界隈を仕切っているヤクザ連中というわけだ。それを証拠に、先程因縁をつけて此処まで連れてきた男たちを目にするなり、「兄貴、お疲れさまです!」などと言って、敬意を示す挨拶がそこかしこから上がっている。もっと確信に至ったのは、彼らの中に見知った顔ぶれを見つけた時だ。遼平と紫苑は別として、桃稜の一団は春日野を含めてほぼ全員が同じように驚いた表情で彼らの中の一人を凝視した。 「……っ、あの人、去年辞めた白井さんじゃねえか?」  誰かが小声でそう囁けば、皆が同時に喉を詰まらせたように蒼白となった。  当時三年だった白井というその男は、桃稜の中でも札付きのワルだったようだ。殆ど学園に顔を出さない上に、川向うにある都内の高校の不良連中とツルんでは、暴走族まがいのグループにも参加していたらしい。春日野たちにとっては一学年上の先輩ということになるが、素行不良が過ぎて学園側から中退を強いられたという経歴の持ち主だ。無論、桃稜の連中の間では、彼のことを知らない者はいなかった。

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