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第82話

 そんな男が薄暗がりの倉庫の中でこちらを見据えている。そこに集まった者たちの中でも割合中核的存在なのだろう、相変わらずの威圧感と目付きの悪さが、訊かずともそう物語っていた。  その白井という男を目にした途端、皆は無意識に隠れるようにして春日野の背後へと後退りし、気付けば遼平と紫苑、そして春日野の三人を先頭にして整列状態となっていた。  そんな様子が可笑しかったのだろう。白井という男は、真っ向から卑下したように鼻先に薄ら笑いを携えると、大袈裟に威嚇するように顎を突き出しながらこちらに向かって五、六歩前へと歩み出てきた。 「相変わらずだな、てめえら。ヘタレのくせして粋がりやがってよー。少しは骨のある奴はいねえのかー?」  ヘラヘラとうれしそうに下卑た調子で肩を揺さぶっている。一応、お目付役である地元ヤクザの傘下にいることが、より一層白井の気を大きくさせているのだろう。傍目から見れば、彼こそがヘタレそのもののような気もするが、この状況でそんなことを口にできる者など皆無というのもまた事実だ。殆どの者は視線を合わせることさえ恐ろしいといった調子で、うつむき加減でいる。あまり彼のことを知らない遼平と紫苑、そして春日野だけが歩み寄ってくるこの男の一挙一動を見つめていた。そんな様子が少なからず癇に障ったのだろう、白井は双方の距離を三歩程開けた位置で立ち止まると、 「へぇ、春日野かー。てめえ、まだ高坊やってんだ?」  大袈裟に肩を揺らして苦々しく口元をひん曲げながらそう言った。春日野から見ればどうやっても見降ろす格好になってしまうこの男は、普通からすればそこそこ上背もある方だろう。その彼よりも頭一つ分近く抜きん出ている春日野が、格別に長身だというだけだ。また、それには若干劣るものの、遼平と紫苑の二人も、この白井という男からしてみれば僅かに見上げるような形になる。それからして気に入らないといった調子で、白井は時折唾を吐き捨てるような真似事をしながら顎先を突き出して見せた。 「見掛けねえツラじゃん。てめえら、こいつの新しい子分か?」  当然、桃稜の学生と思って疑わなかったのだろう。自分が在学中には存在すらも覚えがないと言いたげで、思い切り小馬鹿にした態度を隠さない。卒業間際のこんな時期に何処から湧いて出たと言わんばかりに、 「新参モンの小者がデケぇツラしてんじゃねーよ! 邪魔だ、どけっ!」  そう言って、思い切り遼平と紫苑の間を割るように、二人の肩をどついた。  手を出されて黙っていられる程、温和な性質ではない紫苑が、すぐさまブチ切れた態度を顔に出す。相反してとにかく状況を見るのが先決だと、それを制止しようとする遼平の動きを遮るように、すかさず春日野がその間に割って入った。 「よしてください白井さん!」 「うるせーっ! てめえはスッこんでろ!」  言葉じりは荒いものの、春日野相手に単身本気でやり合うつもりはないのか、まるで自分には背後に大勢の仲間が控えているんだぞといった具合で、ほんの僅かに後退る。と同時に本来の目的である『兄貴分の女を寝取ったという男の始末』について、ヤクザの男らに話題を振って見せた。春日野を相手にするよりも明らかに分がいいというわけだろう、かなり意気込んでもいるようだ。裏を返せば春日野を相手にするだけの度量がないというのが丸見えだ。そんな様を鼻先で笑いながらも、本来の目的を達するのもまた道理とばかりに、男らはそれに同意、許可した。

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