83 / 146
第83話
そして後方の仲間にまぎれて小さくなっているターゲットの男を引き摺り出すと、白井に向かって好きにしろというように顎先で指令を出す。あっという間に白井の仲間たちも加わって、たった一人を相手に円陣で取り囲んでしまった。
「てめえらもなー、怪我したくなかったらおとなしくしてやがれ!」
ヤクザ風の男が桃稜の連中に向かってそう一喝する。この場で厄介になりそうな春日野と遼平、紫苑らを含めて誰も手を出すんじゃねえと言いたげなのが丸分かりだ。逆らうようなら本当に大乱闘にしてやってもいいんだぞとばかりに睨みを据えて、威嚇してきた。
「てめえら、あと少しで卒業なんだろ? 色々と損な目見んのも嫌だろうが?」
つまりは仲間がボコられようが見て見ぬふりをしていれば、無関係の者にはこれ以上の実害は及ぼさずに済ませてやるということだろう。大半の誰もがまるで忠犬のようにビクついて動かない。やがてイキがった怒号と共に、女に手を出したという男を目掛けて殴る蹴るの暴行が始まった。
ヒィっという悲鳴が聞こえたのは最初のごく僅かで、後は呻き声も罵倒と怒号に掻き消されて見るも無残だ。また、本当に使っているかは知れないが、白井を筆頭にした不良連中の手には鉄パイプのような代物も握られているのが分かる。ジャラジャラとした音はチェーンのような代物だろうか。
「ぐわッ……! っうー……」
時折耳を過ぎるのは仲間の男の苦しげな呻き声――。時間にして恐らく一分と経ってはいない。震えて縮こまる一団の中で、唯一人、何かを決したような様子で表情を固くする春日野と、その脇で僅かに苦笑いをたずさえた紫苑、そしてそれらを横目にした遼平の三人だけが切り取られた絵画のように静止していた。
◇ ◇ ◇
「まあ先に手ェ出してきたのは向こうだしな? 遠慮なく”正当防衛”さしてもらおうじゃん?」
クククッと苦い笑みと共にそう言ったのは紫苑だった。やる気満々なのか乾坤一擲のヤケなのか、既に参戦する体勢で身構えた紫苑の様子に、春日野は慌てた。
「ちょい待てって! いくら何でも数が多過ぎる。てめえらは退がってろ!」
「ここまで来てまだそんなバカ言ってるヒマねえだろ?」
既に仲間が暴行を受けているこの状況下、すべきことはひとつだろうと紫苑は逆に眉を吊り上げる。その気持ちは重々承知だ。
「お前らの気持ちは有難えし、お前らの腕が達つってことも分かってる。けど実際三人だけじゃ、先は目に見えてる。ここは俺が行くからお前らはおとなしくしててくれ」
それこそこんな大人数相手では怪我どころでは済みそうもないのは一目瞭然だ。春日野の言葉からは、例え自分がどうなろうが、関係のない四天学園の二人には指一本触れさせてなるものかという気概がひしひしと伝わってきて、紫苑はより一層瞳を細めて彼を見やった。
「だからってこのままスッこんで、指銜えて眺めてろってか? んで、仲間の代わりにてめえ一人がボコられて丸く治めようってさ、気障なこと考えてんじゃねーよ」
「……何とでも言え。けど、てめえらを巻き添えにするよかマシだ」
ニヤッとした苦笑と同時に、春日野は意を決したように暴行の輪の中へと突っ込んで行った。
「白井さん――!」
制止するようなその言葉に、白井をはじめ、皆が一瞬手を止めた。その円陣の中心に目をやれば、土埃の上がった地べたに仲間が無残な姿で転がされている。背を丸め、顔と腹を庇うようにして身じろぎしない。
「制裁ならもう十分だろ? その辺で勘弁してやってもらえねえか?」
誰もが一瞬、不意をつかれたような顔で春日野を凝視した。
ともだちにシェアしよう!