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第84話
暴行の輪に春日野が割って入って間もなくだった。
突如、雷鳴と共に倉庫の屋根を突き破らんばかりの轟音が耳をつんざいた。空には厚い雲が覆い、トタン壁を叩きつけるバタバタとした音で、外を見ずとも荒天が激しさを増しているのが分かる。おそらくは近場に落雷でもあったのだろう、高窓から微かに見え隠れしていた電柱の灯りが、今しがたの轟音と共に一気に消え落ちたのも確認できた。
倉庫の中には白井らの仲間が手にしだした懐中電灯とバイクのヘッドライトが照らし出す灯りが、より一層の不穏さを放ってもいた。
「もういいだろ? そいつだって十分堪えたはずだ」
これ以上やれば、お互いに不利益な方向になり兼ねない。制裁とは名ばかりの行き過ぎた暴行で、万が一の事態を引き起こすことだって有り得ない話ではないのだ。
白井にしてみても、春日野の言わんとしていることは理解できたわけか、気まずそうなその表情からは、彼が多少の躊躇をしているのだろうことが窺い知れる。だがやはりここであっさり引くのもためらわれるのだろう。皆の手前もあるし、春日野とは違って、そうそう紳士的に度量を見せる根性も備わってはいない。そんな男に限って、それを悟られるのもプライドが許さない。全くもって上手くいかない話だ。
だが、下手をすれば犯罪の域に繋がりかねないということだけは頭の片隅でくすぶるのだろう。暴行が過ぎて、もしも死に至るような事態になったとしても、ここにいる兄貴分のヤクザ連中が、果たして自分たちを庇ってくれるかといえばおそらく『ノー』だ。それらをすべて踏まえてか、ふてぶてしく白井は笑って見せた。
「相変わらずだなぁ、春日野よぉ。てめえの正義感面には反吐が出るぜ」
吐き捨てるようにそう言うと、一旦暴行の手を止めて、春日野の前へと歩み寄った。
「いいぜ。そんなに言うならコイツをボコんのはやめてやってもいい。けど、そん代わりてめえにその分引き受けてもらおうじゃねえか?」
何の抵抗も出来ずに地べたに転がっている男などに用はない、それよりは生意気な春日野を痛めつける方が面白いじゃねえかとばかりに兄貴分の方をを見やった。如何に春日野が強かろうが、この人数を相手に勝ち目などあるわけもなかろうと自信もたっぷりなわけだ。そんな経緯を鼻で笑うように、ヤクザの男たちが口を挟んだ。
「いいだろう。今時珍しく根性のある野郎みてえだしな。白井、おめえの好きにしろや」
「さすが兄貴。そういうことなら話が早いですよ。遠慮なくこの正義漢に思い知らせてやりますよ」
白井の周囲にいた不良連中も興味は津々、その気も満々のようで、一瞬にして場の空気が好奇に歪む。狂暴と殺気が入りまじったような不気味さが漂い、しばしの静寂となって辺りを包み込んだ。
それとは裏腹に耳をつんざくのは刻一刻と近付いてくる雷鳴の轟音だけだ。それまでは黙って成り行きを見守っていた遼平と紫苑の二人だったが、どうにも理不尽な雲行きに黙って見過ごせるはずも無かろうと加勢に身構えたその時だった。
突如、倉庫の分厚いシャッターの叩かれる音で、その場にいた全員がそちらを振り返った。ガシャガシャとやかましい程に響くその音は、どう聞いても雷鳴とは違う。耳を澄ましてよくよく聞けば、叩きつける雨音を縫って誰かがしきりに叫んでいるような気配が感じ取れた。
まさか警察に通報でもされたのだろうかと、誰もが一瞬強張った表情で硬直する。その場にいたヤクザたちの中でも下っ端の方らしい男が様子を窺うようにシャッターの方へと駆け寄った。
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