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第91話

 すっくと立ち上がり、ちょうど倫周が呼びに行った車の手配が整ったのだろう、入口から一台のワゴン車がこちらに向かってくる様子を一瞥した。 「とにかくそこを退け」  怪我人を車に運び入れるのに、白井らが邪魔になるということだろう。完全に場の流れが仕切られ、別の方向に動き出したような状況に怒ったのは、白井らに兄貴と呼ばれているヤクザ連中たちだった。その内の親分格らしい髭面の男がブチ切れたふうに声を荒げる。 「黙って見てりゃ調子コキやがって! 途中から湧いて出た上に好き勝手してんじゃねえぞ、コラっ! てめえ、マル暴の刑事かなんかかッ!?」  これだけの数のヤクザや不良少年を目前にして、たじろぎもしない態度が『その筋』に慣れていると思ったのだろうか、そうまくし立てた。 「デカ?」 「違うってのか!? なら何なんだ! 学校のセンコーってわけでもなさそうだがよ。俺らが誰だか丸っきり分かってねえようだが、てめえヨソ者か!? なら、教えといてやるぜ。俺らはなー、ここいら界隈じゃ名のある組のモンだ!」 「組だ?」 「ああ、そうだ! 俺らを知らねえってんなら、てめえはボンクラだ! 逆らったらどうなるか分かるよなー? てめえ一人片付けるなんざワケねえんだぞ!」 「そうか。だが俺は知らん。いいからそこを退け、邪魔だ」  車がバックで入って来て停止する。  威嚇しようが脅そうが、まるで眼中にないといった氷川の態度に終ぞブチ切れたのだろう、男は懐の中をまさぐると、鈍色に光るサバイバルナイフのような代物を取り出し、振り上げた。 「ンの野郎ー! ナメんじゃねえッ!」  一瞬、場が騒然となる――  氷川の背後にいた春日野、遼平、紫苑らは驚きに目を剥き、だが瞬時には助けるどころか、咄嗟の叫びも儘ならない。まるでスローモーションで切り取られた別次元の出来事のようにすら感じられる程だ。白井ら不良連中も然りだった。  怒りに任せた一撃が氷川目掛けて振り上げられる。  だが、次の瞬間、カーンという乾いた音と共にナイフが地面に転がり、と同時に腕をハタかれた髭面の男も地面へと転がされたのを見て、その場の誰もが息を呑んだ。大した動作もなかったはずなのに、一瞬で男のナイフを叩き落とし、一撃でその場に沈めてしまったのだ。  まさに目に物くれる早さとでもいおうか、ともすればワケが分からない内にそうなっていたといった感じで、何事もなかったかのような平静さでその場に立つ氷川を、全員が唖然としたように見つめていた。 「こっ、この野郎ー、ふざけやがって……!」  しばしの後、また一人別の、今度は子分らしき男が叩き落とされたナイフを拾い上げ、全身体当たりといった調子で突っ込んだ。が、それもまた言うまでもなく、先程と同じように瞬時にかわされ、一撃で沈められる。 「く……そ、ナメやがって……! おい、こいつを轢き殺せ! 早くしねえかッ!」  後方でバイクにまたがって控えていた不良連中に向かってそう怒鳴り付けた。だが、氷川のあまりの鮮やかさというか強さに、半ば度肝を抜かれた感じでいる彼らも、すぐには反応できずにいる。そんな様子に激怒するように、 「轢き殺せって言ってんのが聞こえねえかッ!?」 「おいこら、ガキ共が! 逆らうってんなら、てめえらも後でブチ殺すぞ!」  ヤクザたちは口々にそう怒鳴り散らした。地面を這いずり、まるで未成年の不良連中の背に隠れるように後退りながら、威張りくさった怒号だけが、きな臭い倉庫内に飛び交っている。 「早くしねえか!」  また一人、今まで経緯を見ているだけだった別の子分がバイクの少年らをド突く勢いで、そう怒鳴り付けた。

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