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第92話
致し方なくといった調子で、急かされるようにエンジン音がこだまする。半分はヤケといったところなのだろう、引くに引けず、急っ突かれるままにアクセルを踏み込み、氷川目掛けてバイクを発進させた。
一台、また一台と、次々に土煙が舞い――
表の落雷なのか、暴風雨の音なのか、はたまたエンジン音か、それらすべてが混ざり合ったような轟音と共にヘッドライトの灯りだけが大きく回転するように倉庫内を照らし出した。
一瞬、何が起こったのか分からずに、だが舞い上がった土煙がおさまると、そこには二台のバイクが転がされていて、乗っていた連中はといえば、まるで犬猫のようにその首根っこを掴まれる形で、軽々と氷川の手に捕えられていた。突っ込んできたバイクの脇腹を蹴り飛ばすと同時に、乗っていた少年を掴み上げて捕えたのだ。
「なっ……何しやがんだクソオヤジッ! 放しやがれっ!」
「つか、てめえ……ふざんけんなよ……っ! 俺のバイクが……バイクが……!」
地面に無残に転がされたバイクはヘッドライトが点いたまま、転倒の衝撃でそこかしこに傷が入っている。ミラーやら部品が割れたのだろう、金属片やプラスチックの破片のような物も散らばっているのが分かる。
彼らにとっては大事な代物だったのだろう、襟首を掴まれ、半ば宙吊りにされている状態にかかわらず、自分の身を案ずるより先にバイクの心配をしている少年を地面に降ろすと、氷川は言った。
「バイクなんざ、修理すりゃ直るだろうが。まあ多少、銭はかかるがな?」
「ん……っだと、この野郎……!」
「だが人間はそうはいかねえぞ? 怪我すりゃ痛てえし、まかり間違えば”修理”のきかねえままお陀仏ってことも有り得るんだぜ」
舞った土埃で汚れたスーツをパタパタとは叩きながら、そんなことを言う。だが、バイクで突っ込んだという行為そのものを詰るでもなければ怒るでもない氷川に対して、少年らは苦虫を潰したように絶句させられてしまった。
サバイバルナイフを振り上げても一撃で沈め、バイクで体当たりしようが難なくかわされた。そんな攻撃を仕掛けられたにも関わらず、当の本人はまるで落ち着いていて、何事もなかったかのよう平静さを失わない。怒鳴って威嚇するでもなければ、必要以上に反撃を返すわけでもない。その余裕っぷりが逆に底知れぬ恐怖に思えたわけか、
「な、何なんだよてめえはよー……」
「あ、兄貴……こいつ、頭オカシイっすよ!」
何とかしてくださいといったように、兄貴分であるはずのヤクザ連中にそう助けを求めた。
だが返事はまるでない。先程のように「轢き殺せ」でもなければ「もう一度やれ」とも、指図の声すら聞こえない。焦る少年たちがキョロキョロと兄貴分を捜す視線の先で、仲間たちが放心したように立ち尽くしていた。
「兄貴たちなら……今さっき、裏口から出てっちまったぜ……」
「何だって……!?」
「ンな、まさか……」
「マジだって。けど、もしかしたら兄貴んトコの親分とかを……呼びに行ってくれたのかも知れねえけど……」
言葉ではそう言ったものの、その場の誰しもがそんな期待は望み薄だというのを何となく感じているのだろう。氷川のような男を相手に勝ち目はないと踏んだのか、自分たちを捨て駒にして逃げてしまったんだとしか思えない。本能でそれが分かるのだ。
皆、それぞれに黙りこくったまま、途方にくれたような、あるいは苦虫を潰したような面持ちでうつむいていた。
「お前ら、あんなヤツらを兄貴と呼んで、イキがって楽しいか?」
――――ッ!?
誰もが驚いたように顔を上げ、その言葉を発した主である氷川の方を凝視した。
「興味本位でグレてイキがって、挙句引っ込みが付かねえまんま、くだらねえことに足突っ込んで――、てめえらの大事な時間を無駄にするんじゃねえよ」
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