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第93話

 想像もし得なかったその台詞に、その場にいた全員がハタと瞳を見開いた。 「見た所、お前ら皆未成年だろうが? 中には成人してる者もいるだろうが、いずれにせよ人生これからってのに、わざわざ自分から進んで道を外すんじゃねえって言ってんるんだ」 「……は? 何言ってんの、オッサン……」 「お、俺らは別に……つか、アンタに……ンなこと言われる筋合いも……ねえし……」  言葉は反抗的ながらも、内心は裏腹という程に声音は弱かった。  本当は分かっているのだ。わざわざ指摘されなくとも、この先もずっとこのままイキがり続けてひと時の高揚に酔っていられる程、人生は甘くないだろう。遠くない将来に誰しもが就職をし、いずれは一人立ちしなければならない。そんな現実にわざと蓋をして、見ないようにしているだけだ。若さに甘んじ、好奇心に駆られ、背伸びをして群れて不安を癒しても、心のどこかで揺れ動く葛藤が怖くもある。頭の隅のどこかで、今こうしていることが本当は正しくないのだと分かっていても、行動に移す勇気がない。つまりは何事からも逃げているだけの自分がここにある。言葉には出さずとも、少なからず誰しもが心の内に似た様な不安を抱えているのは確かだった。  そんな思いを短い言葉でズバリと言い当てられたようで、反論ままならない。兄貴分たちも逃げてしまい、皆で制裁を加えていたはずの桃稜生も病院に運ばれてしまった今、この場にいる目的さえあやふやで、何をどうしていいか分からない。目の前で節介なことを言う見知らぬ男に楯突こうにも、器の大きさが違い過ぎて歯が立たないのは、今の今までの経緯を見るだけで明らかだろう。誰もが路頭に迷ったように立ち尽くすのみだった。 「行け――」  氷川は静かにそう言った。 「え……?」 「この雷雨が治まれば遅かれ早かれ警察がここへ来る。しょっ引かれて灸を食らうのも結構だろう。或いは一人で頭を冷やすのもありかも知れねえ。それともさっきの”兄貴”って奴らの所へ戻るか? どうするもお前ら次第だ」 「……な……に言って……」 「てめえの行く道はてめえで決められる男でいろよ?」 ――――!  ふと、倉庫端の古びた擦りガラスがまばゆいばかりの金色に輝き出し、早い雲の流れと共に一筋の光が倉庫内に降り注いだ。そういえば落雷の音が次第に遠退いていることに気付かされる。激しかった通り雨が上がり掛け、雲の切れ間から夕陽がこぼれ出したのだ。  まだ春浅いというのに、まるで真夏を思わせるような積乱雲の流れが速い――  分厚い暗雲が通り過ぎ、宵闇が降りる直前の夕焼けがまぶしくて、誰もが斜光に目を細める。 「とっとと行け」  何度も同じことを言わせるなとばかりに顎でしゃくり、そんな氷川の態度に不良少年たちは彼から視線を外せない。  戸惑いながらも、一人、また一人と後退り、散り散りにその場を後にし始めると、 「っ……」  最後に残った白井を含めた数人が一気に倉庫から駆け出て行く様を静かに見送った。  そんな様子を驚いたように見つめていたのは、氷川の背後で彼らと対峙していた桃稜生たちだ。無論、春日野と遼平、紫苑も例外ではない。逃げて行ってしまったヤクザの男たちはともかくとしても、彼らの配下である不良少年たちをもわざと見逃してしまったような氷川の行動がいまいち理解できないような顔付きで、誰もがぼうっと言葉少なだ。

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