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第94話
だが少し考えれば、自分たちとて彼らと何ら変わりはしない立場だというのに気付かされる。例えばここに警察が来たとして、どちらが加害者だの被害者だのと言ったところで、傍から見れば大した違いはないように映るのかも知れない。喧嘩両成敗のような形で、敵も味方もなく、この場に集まった者たちは皆同罪という括りにされるのがオチかも知れない。
こんなふうになって、もうすぐ卒業が近いことや春からの就職先のことなどが初めて脳裏を過ぎる――
誰もが落ち着きのなく互いを見やる中で、氷川はそんな彼らの方へと歩を向けた。
「お前ら、桃稜の三年生だな?」
「え……!?」
「あ、はい……」
声にならないような調子で、誰ともなしにコクコクと頷いた。
「お前らの仲間なら大丈夫だ。さっきは奴らの手前ああ言ったが、ザッと診たところ命に別状はないから安心しろ」
白井らによって暴行された仲間のことを言っているのだろう。
「怪我の手当てをして二、三日も安静にしてりゃ、起きられるようになる。無事に卒業式にも出られるだろうよ」
その言葉にホッと安堵の空気が皆を包む。
「お前らも桃稜生でいられるのはあとひと月もねえだろうが。卒業まで楽しく過ごせよ?」
穏やかな笑みと共にそう言った氷川に対して、全員が顔を上げ、瞳を見開いて彼を見つめた。「ありがとう」とも「すみません」とも、何一つ言葉にはできずにいたが、その視線は熱くこみ上げる何かでいっぱいに満たされているといわんばかりなのが、それぞれの生徒たちの表情にはっきりと表れていた。
「さあ、キミたちも帰ろう。どうやら雨も上がったようだよ?」
何となくその場から動けないでいる彼らの背を押すように、帝斗と倫周がそう促した。皆はいっせいに氷川に向かっておずおずと頭を垂れると、まばゆいばかりの夕陽射す倉庫の出口に向かってゾロゾロと歩を進めた。
そんな後姿を見送りながら、氷川に向かって丁重に頭を下げたのは春日野だった。
「あの……ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした! ありがとうございました」
深々と腰を折りながら、礼の言葉を述べ、
(――もしかしてあなたが伝説の白虎なのですか)
喉元まで出掛ったその一言を呑み込んだ。
先程から四天の遼平と紫苑が、事ある毎に「氷川のオッサン」と口々にしていたのと、後から助けにやって来た倫周という男が彼のことを「白夜」と呼んでいたのを思い返し、そして何よりもこの派手な乱闘騒ぎを苦も無くといった調子で鎮めてしまった彼こそが『伝説の白虎』その人なのだろうということを、訊かずとも確信し得たからだ。
白井ら不良少年の一団に対しても、そして自分たち桃稜生に対しても、鮮やか過ぎるような対処で場を収めた一部始終を目の当たりにできた。それだけで歓喜の思いがしていた。ゾワゾワと鳥肌が立つのを抑えられないような、感動ともつかない思いで目頭が熱くなるのを抑えられずに、春日野は下げたままの頭をなかなか上げられずにいた。
そんな様子に氷川はまたやわらかな笑みを浮かべながら、
「構わん。俺も桃稜生だったんでな?」
ニヤリと口角を上げ、そして悪戯そうに微笑んだ。
「それに、礼を言わなきゃならねえのは俺の方だな」
「え……!?」
「倫周を守ってくれたろ? 本当は俺が到着するまで無理はするなと言ったんだが。奴さん、そんなもん待ってられねえって言いやがってな。とりあえず時間稼ぎにでもなればと思ったんだが、やはりヤツ一人じゃ心配でな」
氷川は笑い、そしてこう続けた。
「でもお前らもいるし、大丈夫だとは思ってたぜ」
春日野から遼平と紫苑の方へと視線を移しながら、まるで誇らしげにそう言って笑った。
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