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第97話

[とにかく救護車をすぐにここへ!]  また一人、いつも氷川に従っている側近中の側近ともいうべき李という男がテキパキとそう指示を出す。少なからず平常心ではいられない主に代っての配慮だろう、自分がしっかりせねばと思っているのだ。  辺りには広東語が飛び交い、緊張感が走る。氷川の傍らでは、驚きで硬直する倫周の肩を抱きながら、自らもやはり氷川を支えねばといった表情で帝斗が佇んでいた。  そしてすぐさま医療具を積載した大型の救護車が倉庫内に到着し、担架が降ろされたりと、ますます場は騒然となっていった。  おそらく遼平は咄嗟の落下物から紫苑を守ろうとしたのだろう、まるで身を盾にするようにして自らの懐の中に彼を抱え込んだというのが分かる。その背には窓枠やらガラスの破片やらが突き刺さり、酷い流血にまみれた遼平の姿が目に痛い。 [東京の事務所に帰れば全て揃うのですが、それまでの間に至急輸血用の血液が必要です! 一番近い大手の病院に協力をお願いするか、もしくは彼と同じ血液型の人がいればいいのですが]  手早く処置を施しながらそう言う鄧の言葉に、氷川はすぐさま周囲を見渡した。気持ちだけでいうならば、誰を差し置いても真っ先に自身の血液を提供したい。だが、それは叶わない。遼平には輸血ができない血液型なのだ。 「クソっ……! 俺はAB、倫周もAB、帝斗はAか。誰のもこいつには合わねえってか……」  歯がゆさを抑え、今この場にいる者たちの中で彼と血液型が同じ者をと捜したが、氷川の記憶するところでは合う者がいなかった。  側近と、数台ある各車両の運転手も含めれば、それ相応な人数で出向いて来たというのに、何故こんな時に限って一人も一致する者がいないというのだろう。焦心に輪を掛けるように二十年前の残像がむごたらしく脳裏を巡って止んでくれない。  二十年前、やはり身を盾にして一之宮紫月を(かば)って亡くなった鐘崎遼二の記憶が蘇る――  葬儀の日の蒸し暑い夕暮れ、  やり場のない気持ち、  遼二らの親友であった清水剛と橘京が悲しみにくれていた姿などが、まるで昨日のことのように次々とフラッシュバックする。 [仕方がねえ、近くの病院で輸血を協力してもらえるよう手配を……]  氷川自らも広東語でそう指示を口にした、その時だった。 「何型ですか!?」 「え――?」 「そいつの……如月(きさらぎ)(遼平)の血液型は何型なんですか?」  見上げた先に真剣な表情でそう問う春日野の姿があった。 「……B型だ」  我に返ったようにして氷川が答えると同時に春日野は言った。 「だったら俺のを使ってください! 俺も同じB型ですから……!」  皆が驚いたように春日野を見上げ、そして互いを見合い、鄧も期待に瞳を輝かせる。 「すまない、恩にきるぜ」  祈るようにしながら氷川はそう言って頭を下げた。 ◇    ◇    ◇ [ではすぐに輸血の準備を! それから紫苑君の方も救護車へ運んで、傷口の消毒をお願いします。担架をこちらへもう一台回して!]  助手となる男にそう告げて、鄧は念の為に春日野の血液型を採取する。テキパキと慌しく治療が施されていく中で、担架に乗せる為に抱き起された紫苑がぼんやりと意識を取り戻した。 「……ん、りょ……平? 遼……平?」  今しがたの記憶が瞬時に蘇ったのだろう、ガバッと身を起こし、目の前の惨い光景を目にするなり硬直してしまった。 「……い……遼平ッ!? 遼平!? ど……何で……」 「見るな……!」

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