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第99話

「紫苑? おい、紫苑!」  肩を掴んで揺さぶり、氷川がそう声を掛けても、紫苑の耳には何も届いてはいないようだった。 「愛してるぜ……俺だって同じ……お前と同じくらいお前んこと……! お前がいなくなったら生きてけねえくらい……愛してるんだって! なあ、約束したよな? 今度こそぜってー離れねえって……もうあんな思いすんのは嫌だ……俺のせいで、今も……あの時も……いつもいつも……俺はお前んこと、酷え目に遭わせてばっかなんて……嫌だ」  独白のように、ともすれば何かに憑かれたように同じ言葉を繰り返す。瞳の中には溜まり切らなくなった涙が滝のように頬を伝い、こぼれ落ちる。 「なあ、目開けてくれよ……? なあ、遼……! 愛してるんだって……お前、また俺だけ置いてくつもりかよ……? また俺、一人にすんのかよ……? もう二度と……離れねえって……今度こそずっと一緒だって! 約束したじゃねっかよ! 遼ーーー……!」  遼――――――――!  古びた倉庫のあちこちが軋み、またどこか別の個所が崩落するのではないかと思わせるくらいの絶叫がこだました。 「遼……! なあ、目開けろよ、遼! 俺一人にすんなって! ンなの、ぜってー嫌……! 嫌だ、嫌だ……嫌だ……! お前と離れてなんて……生きてけねえっつってんだろ……! 何とか言えって! 遼ーーー!」  散らばったガラス片で新たな傷が増えることも気に留めず、それどころかまるでわざと自虐せんとばかりの勢いで暴れる紫苑を再び氷川が後ろから抱きすくめた。 「落ち着け紫苑! 紫苑! おい、しっかりしろ!」 「嫌だ、放せっ! 俺はこいつと……もう二度とぜってー離れねえっ! 離れねえんだってば……!」  このままでは紫苑当人の傷も増えるばかりか、瀕死状態の遼平の手当てさえままならない。 [老板、紫苑君に鎮静剤を……! このままでは彼の精神が崩壊してしまいます! 遼平君とて一刻を争う状況です]  鄧の訴えはもっともだ。だが、氷川は一瞬、間を置いた。 [いや……こいつには俺が付き添うから鎮静剤はなしだ]  考えたくはないが、もしも――  万が一にも遼平がこのまま息を引き取るような事態になったとして、紫苑を鎮静剤で眠らせてしまったら死に目に会えないことになる。それがためらわれたのだ。例えどんなに酷な現実を目の当たりにさせることになったとしても、最期の瞬間まで二人を引き離さないでやりたい、そう思ったのだった。氷川は再び紫苑の両肩をガッシリと抱き締めると、 「しっかりするんだ紫苑! お前らは怪我をしてる。特に遼平の方は重傷を負ってる。すぐに手術が必要なんだ! 分かるな?」  ガクガクと肩を掴んで揺さぶり、紫苑に意識を取り戻させるかのように言い聞かせる。すると、手術という言葉に反応したのか、ふっと我に返ったように目の前の氷川の存在を認め、徐々にその瞳に視点が戻って来た。 「手……術?」 「ああそうだ! 手術だ。今から遼平を救護車に乗せる。お前も一緒に乗って、二人一緒に医者の治療を受けるんだ。分かるな?」 「手術……俺も、遼平も……一緒に手術……」 「そうだ。二人一緒だ。俺も付き添ってやるから、がんばれるな?」 「あ……氷川……のオッサン……」 「そうだ、俺だ。氷川だ。大丈夫だから、お前ら二人をぜってー引き離したりしねえから! 気をしっかり持つんだ。特に遼平にはお前の応援が必要なんだから。一緒に車に乗って手当てを受けられるな?」 「あ、ああ……氷川……俺……あいつと一緒に手術受けるんだ……よね?」 「そうだ」  抱き寄せ、頭を撫で、すっぽりとその身体ごと抱き包み――  すっかり気が抜けてしまったのか、ともすれば腑抜けのようにおとなしくなってしまった紫苑を、まるで子供をあやすかのように抱く。愛しい者を包み込むように、大切に大切に抱き包む氷川の様子を目に、倫周は二十年前のことを思い出していた。  どうかあの悲しみが繰り返されませんように――  震える両手を胸の前に組み、一心に祈るその頬に幾筋もの涙が伝わっていた。そんな倫周を見守るように肩を抱き続けている帝斗も、全く同じ思いに胸を震わせ、誰しもが祈るような気持ちでいた。

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