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第101話

 その間、何度も往診に訪れる鄧にとっても、それを祈るように見守る氷川や帝斗、倫周らにとっても辛さが増す。遼平の傍から離れようとしない紫苑は依然として腑抜けのような人形状態で、眠ることもせず、食も喉を通らない。毎日、代わる代わる訪れる遼平の両親や、輸血を協力してくれた春日野が見舞いに訪れても、ろくな挨拶さえできずに、ともすればそこに誰かがいるのかということさえ認識できていないような状態であった。身体の方は点滴でかろうじてしのいではいるものの、これでは遼平に同じく彼も日に日に衰えていくだけだ。  そんな様を見ていると、否が応でも二十年前の記憶が蘇ってやまない。あのうだるように暑い夏の日の、鐘崎遼二を失くした時の一之宮紫月の姿と今の紫苑の姿が重なってしまうのだ。何をするともなしに、ただただ遼平のベッド脇に座り続けている彼から目が離せない氷川らにとっても、苦渋の思いが蓄積していく。 「紫苑の様子はどうだい?」  ずっと付きっきりで見守り続けていた氷川の元へ帝斗が様子を見にやって来た。 「ああ……今さっきウトウトしかけて、やっと眠ったところだ。帝斗、悪いが隣の部屋のベッドにこいつを運ぶのを手伝ってくれ」  睡魔に負けてようやくと眠りに落ちたらしい紫苑を少し休ませようと、氷川はそう言った。 「そう、やっと眠ったのか。今の内に少しゆっくり横にならせてあげないとね」  帝斗と共にやって来た倫周も手伝って、三人で紫苑をベッドへと運んだ。 「鄧先生にお願いして鎮静剤でも打ってもらうかい? またすぐに目を覚まして遼平の姿が見当たらないと不安がるだろうし」 「ああ、そうだな」  氷川の声にも疲れが見て取れる。 「お前さんも少し休むといい。遼平の容態に変化があればすぐに起こしに行くから」  持参して来た夜食を手渡しながら、帝斗がそう気遣う。 「いや、俺なら大丈夫だ。遼平の部屋にも簡易ベッドがあるからな、そこで休めるし。それよりお前らは紫苑の方を頼めるか? ヤツが目覚めた時に誰かが傍に居てやらねえといけねえし」 「分かった。じゃあそうしよう」 「すまない」  氷川は帝斗と倫周に紫苑を預け、再び遼平のベッドサイドへと腰を下ろした。  ふと、窓を見上げれば、凍る空に煌々と月が目に入った。日中は若干暖かさの感じられるようになってきた三寒四温のこの時期、だが夜はまだ凍てつく寒さに月さえも氷りそうだ。  心もしかり、このまま永久凍土のような思いを抱え、この闇に光が戻ることはないのだろうか――  そんな不安が重く圧し掛かる。二十年前、鐘崎遼二と一之宮紫月を失くし、そして奇跡的ともいえる巡り合わせで、この遼平と紫苑に出会った。どんなに衝撃だったか知れない。  繁華街で安いギターを抱えて路上ライブの真似事をしていた彼らを見つけた日のことを今でも鮮明に覚えている。どんなに嬉しかったことか、どれ程心が打ち震えたことか、言葉などでは到底言い表せない。それなのに、いつも彼らの前ではそっけない態度しか出来なかった。二十年分の思いを込めて接することもままならず、嬉しさを素直にぶつけることもできないまま、今日までいったい何をしてきたというのだろう。  再び彼らを失くすことが怖かったのか、二度とあんな辛い思いをしたくないという気持ちが素直さに歯止めを掛けていたのか、そんなものは単なる言い訳に過ぎない。もしもこのまま遼平を失くしてしまうとしたら、自らを葬ってしまいたくなるくらい後悔の念に苛まれるだろう。 ――俺はこんなにも無力だ。どうしたら戻って来てくれるのか。どうしたらもう一度お前と話ができるのか。

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